帝国の兄弟 第4話


時は流れ、ルルーシュは十二歳となった。
初めてハルケギニアの世界にいる事を自覚して約五年。
ジェレミアやロイドと言ったブリタニアの記憶を持つ人材を配下に入れ、アッシュフォード家の協力を得て領地運営の準備を進め少しずつ動き始めている。
まだ目立った行動は起こしていない。
以前に暗殺されかけた事も考えれば妥当な選択だった。
この年齢で大胆に能力を示す事は不利に働く事はあっても有利となる事はない。
ルルーシュの皇位継承権は第四位、生まれの順や身分の関係で上に二人の兄と妹が一人おり、下にはロロや腹違いの弟妹が続く。
妹に皇位継承権の優先順位で負けていると言う奇妙な事態について説明するには、まず現皇帝シャルル・ジ・ゲルマニアについて語らなければならない。

第五皇子であったシャルルが上位の継承権を持つ兄達を退け帝位に就いたのは国内の貴族だけではなく、多くの国外の貴族達をも驚かせた。
確かにシャルル皇子はトリステインとの戦争において敗走する兄皇子を救援するだけではなく、常勝無敗を誇ったフィリップ三世をたった一度だけとはいえ退かせる事に成功するなど武勇に関して多大な功績を挙げている。
内政でも直轄領の運営に辣腕を示し賢帝の器を見せていた。
だが母親の身分はそれほど高くはなく、故に後ろ盾は殆どないも同然であった。
その為、シャルル皇帝に不満を持つ者は多く、即位後間もなくゲルマニアで大規模な内乱が起きる事となる。
内乱は地方ではなく、帝都ヴィンドボナのペンドラゴン皇宮を武装した多数の貴族達や騎士達が襲撃した事により勃発し、後に『血の紋章事件』と呼ばれるゲルマニア史に残る事件となった。
この事件を経て首謀者であったルイ大公及び関与した多数の貴族は処刑され、反皇帝派の騎士達も大勢が断罪された。
皮肉な事にこの反乱を早期に終決させた事により、シャルル皇帝の権限はさらに強大化する事となったのだ。
そして彼は権力基盤をさらに安定化させるために東西南北の四家の有力諸侯からそれぞれ妻を娶り派閥のバランスを取ろうとした。
しかし北の大貴族アッシュフォード公爵家にはその時年頃の娘はおらず、よって親族の中から養子を取り彼女を皇妃として献上した。
彼女こそがマリアンヌであり、ルルーシュとロロの母親である。
幾らアッシュフォード家の親類筋とは言え他の名家の娘達と比べれば地位は劣る。
たとえ彼女が最も寵愛を受けた皇妃であったとしても、彼女の出自は変わららない。
それ故にルルーシュの皇位継承権は東の大貴族が後見する妹皇女に劣るという事になっていた。
母親が貴族であったと言う事を考えればかつてのブリタニアよりもはるかにマシな環境と言えるかもしれない。
しかし高位の継承権を持つが故に危険に曝される事も多い。
既に皇宮では長兄を次期皇帝とする流れで決まっているらしい。
その為第一皇子の立場を揺らがせるような存在を排除しようとする考えが貴族達の一部に広がっていた。
第二皇子は芸術方面に長けていたが政治にはあまり興味はない。
第一皇女は慈愛の姫と呼ばれその美しい容姿と共に多くの人から愛されているが脅威となるほどではない。
となれば貴族達の目は自然とルルーシュへと向かう。
優れた能力を持ち、人の目を惹きつける強烈なカリスマ性を持った第三皇子。
既に優れた騎士を持ち、配下に優秀なメイジを揃えて独自の動きを始めている彼に対して様々な貴族達が接触を始めていた。
次の皇帝の座を争うに十分な素質を持った皇子を支援し、見返りを望む者。
あるいは彼を脅威と感じ、その弱みを握ろうとする者。
だがルルーシュは彼等を全く相手にしなかった。
ルルーシュ自身に野心はない。
あるとすれば大切な人達との平穏な日々への望み。
それを実現する為にルルーシュは動き始めていた。





「あら、ルルーシュ、そのケーキはどうしたの?」
「うちのコックの自信作だ。既に味見もしてあるしどうかと思ってね。ユフィはいるかい?」

アリエス宮の庭園で五人の男女が一つのテーブルを囲んでささやかなティータイムを楽しんでいた。
さわやかな青空の下、降り注ぐ日差しが色鮮やかな花壇の彩りをくっきりと浮かび上がらせる。

「兄上達はどうします?」
「ああ、そうだね。クロヴィス、少し休憩としないかい?」
「ちょうど良い所なのですが、ルルーシュ推薦のケーキとなれば別でしょうね。分かりました。モデルはまた後でお願いしますよ、オデュッセウス兄上」

いつもは穏やかなアリエスの離宮も今日は一段と騒がしい。
離宮の周囲をアッシュフォードの騎士団だけでは無く、多くの人員が警備に付いていた。
何せ皇位継承権の上から四人が揃っているのだから。
第一皇子オデュッセウス・ウ・ゲルマニア、第二皇子クロヴィス・ラ・ゲルマニア、第一皇女ユーフェミア・リ・ゲルマニア。
そして第三皇子ルルーシュ・ヴィ・ゲルマニアとロロ・ヴィ・ゲルマニア。
ゲルマニアの次代を担う者達がヴィンドボナ以外で一堂に会する事は滅多にない事である。
しかもその集いの主催者がルルーシュなのだ。
様々な意味で余計な気を回す者は多い。
離宮の周囲だけでは無く、庭園の中にも景観を崩さない程度に精鋭のメイジ達が配置されている。
また皇族の傍にはそれぞれの専属の騎士達が控えていた。
ルルーシュの騎士ジェレミア・ゴットバルト子爵、オデュッセウスの騎士カノン・マルディーニ子爵、ユーフェミアの騎士アンドレアス・ダールトン伯爵と親衛隊のグラストンナイツ。
皆気を張って警備に集中している。
だが皇族の兄弟達は周囲の様子を全く気にする事無く和やかに交友を深めていた。

「クロヴィス兄上は相変わらず絵がお好きですね。この前頂いた作品は離宮の広間に飾らせて頂きましたよ」
「私は絵を描いている時が一番幸せなんだ。政治はオデュッセウス兄上とルルーシュに任せるとするよ」
「クロヴィスお兄様、駄目ですよ。皆で助け合わなくては」
「そうだね、ユフィの言う通りだよ。兄弟皆で仲良く助け合わなくてはね。そうだろう、ルルーシュ、ロロ」
「ええ、その通りですね」
「勿論です」

周囲の思惑とは違って兄弟間の仲は非常に良好だ。
彼等は貴族達が耳元でささやく雑音など歯牙にもかけない。
ゲルマニア帝国では皇族の権力は絶対ではない。
互いに協力し合い生き延びる努力をしなくてはならなかった。
幸せそうに笑い合う兄弟達を見てルルーシュは思う。
目の前にいるのはかつて自分が殺した人達。
彼等にブリタニアの記憶はない。
自分が殺した兄弟とは別の人間、だが彼等を前にして絶えず罪悪感は胸に刺さり続けている。
また彼等を犠牲にして願いを叶えようとするのか。
いや、これはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが抱く感情だ。
ルルーシュ・ヴィ・ゲルマニアには彼らに対して引け目など存在しない。
故に罪悪感など感じる必要はなく、贖罪など在り得ない。
けれども血の繋がった兄妹を大切に思う感情は紛れもなくどちらのルルーシュにもあった。

「父上の後を継ぐのは兄上に任せ、俺はフォローに回らせて頂きますよ」

オデュッセウスは良くも悪くも平凡な人間だった。
だからなのだろう、背後から操れると考えた貴族達が彼の後見を自任している。

「そう言えばクロヴィスお兄様はまだ騎士を持たれないのですか?」

ロロの問いにクロヴィスは肩を竦めて見せた。

「なかなかこれと言った人物に出会えなくてね。まあゆっくり決めるよ」

皇族にとって己の騎士を決めるのは一生ものの決断だ。
悩むのは悪い事ではない。
オデュッセウスのように家に仕える貴族の子女から騎士を選ぶ場合、ユーフェミアのように代々皇族の騎士を排出する貴族を従えている場合などもあるが、やはり己の騎士は自分で選びたいものである。

「良い騎士が見つかるといいね」

オデュッセウスがにこりと笑って言う。
穏やかな光景だった。
かつては決して望んでも得られなかった光景、そしてルルーシュが守らなければならない人々。
間違いなく、今が幸せだと感じられた。





「以上で報告を終わります」
「ご苦労だった」

三日間を費やした茶会を終え、僅かに静けさを取り戻したアリエスの離宮。
ルルーシュは私室の椅子に座り憂鬱そうに溜息を洩らす。
その前に立つ彼の部下も主の辛い立場を思って目を伏せた。

「エーリヒ、拘束した者はすぐに尋問を開始しろ。加えてここ三日の内に仕入れた食料を全て破棄する。毒が仕込まれた可能性が高い。スティーブンス、この件に関して使用人達に通達を出せ」
「はい、直ちに」

ルルーシュの傍に控えていた灰色の髪をした老執事スティーブンスと親衛隊の騎士エーリヒが静かに出ていく。
部屋の中に残ったのはルルーシュとロロ、そしてジェレミアのみであった。
室内を満たす空気の重さに耐えかねてか、ロロはそっと視線を窓の外へと移した。
もうすでに日は暮れ、美しい庭園も夜の闇に覆われている。
その所々に篝火が焚かれ守衛の騎士や衛士が立ち離宮の警備に当たっていた。
いつもよりも物々しい厳重な態勢。
その理由はただ一つ。
侵入者により食料庫に毒が仕込まれたのである。

「最悪の事態は避けられた。これが茶会の最中に発覚すれば対応が面倒になった所だ」

ルルーシュは鋭い視線を宙に走らせながら呟いた。
この離宮で出された食事に毒が混ぜられ皇族の誰かがそれを口にすればその責任は全てルルーシュに、そしてその後見人であるアッシュフィード公爵へと向かう事になる。
あるいはルルーシュが毒入りの食事を食べて命を落とすような事になれば、同席していた皇族達は互いを疑うようになるだろう。
次代を担うゲルマニア皇族の結束にひびを入れ、最低でもルルーシュを消そうとする卑劣な計画だ。

「でも暗殺者が離宮にまで来るなんて」
「ここ数日は人の出入りが多かった。貴族の従者に紛れて侵入するのは簡単だ」
「じゃあ、やっぱりあの中の誰かが・・・」
「ロロ、止めておけ。それ以上は口にするな」

同じ皇族を、兄姉を疑うロロをルルーシュはやんわりと制止した。

「少なくとも兄上達は関与していないだろう。もしも俺かロロがあの場で死ねば疑われるのは彼ら自身だ。彼らの利益にはならない」
「だったら誰が?」
「さあな、俺達の敵は多い。上辺では友好的な笑みを浮かべていても腹の中ではどう考えている事か」

アッシュフォード公爵の派閥に敵対する勢力の貴族が最も疑わしい状況ではある。
しかしルルーシュの目は別の角度からもこの事実を見ていた。

「ジェレミア、親衛隊員の中から数名信頼のおける者を選び、アッシュフォードの手の者と連携を取って極秘調査を行え」
「は!」
「兄さん?」

ルルーシュの瞳が一瞬揺れ、そして容赦ない言葉が紡がれる。

「使用人達の中に暗殺者の侵入を手引きした者がいると思われる。不審者を洗い出せ」

ロロは思わず息を飲んだ。
仮にも皇族の住まいであるから、離宮に勤めている者は皆身分の確かな者達ばかりのはずである。
メイド一人を取っても推薦状なしに雇われる事はない。
だがこの一件が北の地で強大な権力を持つアッシュフォード公爵の派閥内での影響力の低下を狙ったものだとしたら、見方は変わる。
すわなち派閥内での権力闘争。
同じ北部の貴族ならば比較的離宮に人員を送り込みやすい。
アッシュフォード公爵の信頼を得ている者ならばなおさらである。
この計画の問題点を挙げるとするならば、毒によってルルーシュが死ぬ可能性がある事だが、発見された薬瓶を調べる限り致命的な量は仕込まれなかった様である。
ルルーシュは再度溜息をついた。
外にばかり目を向けるわけにもいかないらしい。

「そろそろ足元の掃除を始めるか」

まずは自身が治める皇族直轄領から。
不法に入り込んだ既得権益を排除すべく動き出す。

この後、僅か一月の間に数人の北部貴族が彼らの仕出かした愚行の報いを受ける事となる。
そして他の北部貴族達もその裁きの主導者が僅か十二歳の少年である事を知り、歳に相応しからぬ能力に恐怖し畏敬の念を心に刻むのであった。






To be continued






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