帝国の兄弟 第5話


サクラダイト、それは薄桃色のいわゆるレアメタルと呼ばれる採掘量が少ない希少な鉱石である。
その鉱石の最大の特徴は常温で電気抵抗が無い状態、超伝導現象を引き起こす高温超伝導体であると言う事だ。
他の物質では超伝導現象を引き起こすのに絶対零度に近い温度まで冷却しなければならない事を考えると、サクラダイトがいかに特殊な性質を秘めているかが分かるだろう。
この電気抵抗が存在しない鉱石は電気化学技術と密接に関わりがある。
ほぼ全ての電化製品には全て高いエネルギー効率を実現するためにサクラダイトが何らかの形で用いられ、文明の発展と共にサクラダイトの重要性は高まっていった。
高性能な蓄電池エナジーフィラーは携帯電話やノートパソコン、自動車や飛行機など随所で用いられる。
銃器も火薬は用いられずコイルガンであり、都市の電力をまかなう発電もサクラダイトが用いられたソーラーパネルで行われる。
ありとあらゆるものが電気で動く世界、それがルルーシュ達が生きていた世界だった。

「で、こちらが錬金したサクラダイトで〜す」

ドンと机の上に乗せられた巨大な桃色の結晶群、ブリタニアの技術者が見たら驚く様な光景だろう。
希少金属である筈のサクラダイトが高純度に精製された状態で巨大な結晶となっているのだから。

「どんな感じだ?簡単に錬金出来るのか?」
「僕とセシル君はサクラダイトがどんな金属かも知ってますし〜、現物を手に取った事もありましたから結構簡単に出来ましたよぉ」

ましてやロイドは土のスクウェアメイジ、その魔法力の使い道が完全に研究方向を向いている為忘れがちであるが、魔法の能力だけを見ればゲルマニアを代表する優秀なメイジの一人なのだ。

「そしてこちらが一応試作してみたモーターとエナジーフィラーになります」

セシルが机の上に置いたのは小等部の学生の自由研究にでも出てきそうなモーターとエナジーフィラーを繋いだだけの回路だ。
そのスイッチを入れると音を立ててモーターが高速で回転を始める。
ルルーシュはそれを見ながら今後の発展形を考えた。

「このエナジーフィラーは量産できるものか?」
「無理ですよ〜殿下、いくら錬金の魔法と言っても幾つかのパーツからなるものを一発で錬金出来ませんって」
「このエナジーフィラーはナイトメアフレームに用いられてきたものの構造を元に設計したんです。量産性の為には多少構造を簡略化して加工の技術さえ整えば・・・」
「部品さえ揃えば後は平民の手で組み立てはできるか・・・。まあしばらくは量産体制は整えるつもりはない。できると言う事だけが分かれば良い」

今のハルケギニアに電気の概念を理解できる者がどれほどいるだろうか。
いつかは彼らの知識もその領域まで届くだろうがそれはまだ遠い未来の事。
今の内に理論さえ整えておけば他国に電気化学の発達で後れを取る事はない。
他国では科学と言えば魔法を指す。
だがルルーシュはゲルマニアでは科学と言えば平民でも学び実践できる学問として発展させるつもりであった。
そうする事で平民の生活はより豊かになり、ひいてはそれが国を富ませる事となる。

「その内に発電システムの構築が必要か」
「あれ、殿下もうそんなに大規模な電化製品使う気なんですか?」
「どういう意味だ?」
「当分はエナジーフィラーだけで十分だと思うんですけどぉ」

うん、とルルーシュは眉を顰める。
エナジーフィラーの充電の為には電力の発生が必要なはずだ。
ロイドにそれが分からないわけがないだろうに。

「エナジーフィラーの充電なんて錬金で済むじゃないですか」
「ああ・・・なるほど、そう言う手があったか」

電気とは電子の流れである。
そしてその電子の流れを引き起こすのは化学反応だ。
つまりエナジーフィラーが消耗すると言う事はエナジーフィラー内部の化学物質が化学反応を起こしたと言う事であり、充電する為にはその逆反応を起こせば良い。
簡単に言えば充電すると言うのは『反応が起きていない状態に戻す』事なのだ。
これは錬金を用いれば容易に実現できる。

「つまり錬金を使えるメイジがエナジーフィラーを動力源にする機器を用いる時、理論上エナジーフィラーが尽きる事はないと」
「そうなりますねぇ」

ならば発電システムは当分必要のないものだろう。
都市やアリエスの離宮全体に電気を供給するような場合になった時に初めて必要となるのだから。

「というわけで、殿下も魔法の訓練をやって方がいいですよぉ?錬金あまり得意じゃないでしょう〜」
「水のメイジだからな」

ルルーシュの現在のメイジとしてのランクはライン相当である。
皇族の血を引いている以上、それなりの素質はあるため将来的にはトライアングルクラスまではいくだろうと教師役のメイジには言われている。
ちなみにロロはまだ十歳ほどであるにも関わらず既に風のトライアングルクラスに到達している。
メイジとしての成長は精神の成長に関わっている説があるが、ロロの場合を見る以上その説は正しいのかもしれない。

「ところで殿下、エナジーフィラーが実用化したら何に用いるのですか?」

セシルの問いにルルーシュはフッと笑みを浮かべる。

「そうだな。魔法絶対主義の貴族連中は成果をはっきりとした形で見せないと分からないようだから、まずは馬車を自動車かバイクにでも変えてみるか。その次は航空機への導入、あるいは無線通信技術の開発と言った方向で進みたい」
「いやぁ、簡単に言ってくれますねぇ、殿下」
「出来ないと言う事はないだろう?お前達の脳の中にはブリタニアの最先端の科学が詰まっているんだからな。それに今すぐに成果を出せというものでもない。まずは『ガニメデ』を使って技術を試していけば良い」

今はまだ未来を夢見て笑い合えていた。
だが三人とも心の中では感じていた。
科学が最も発達するのは戦争においてなのだと。

「その為にもまずは製鉄技術を発展させ、領内で大規模に産業化させる。ロイド、お前には専門外になるだろうが溶鉱炉の設計を頼みたい」
「うーん、ま、何とかなるかなぁ」

手にしたペンで眼鏡を押し上げ、フフッと思わせぶりにロイドが笑う。

「で、ちなみにいつ頃までにやれば良いんです〜?」
「近々領内の視察に回る事になった。その時に鉱山や製鉄所を回る事になっている。計画を実行に移すのはそれが終わってからになる」

いよいよだ。
ルルーシュとロロに与えられた領地の運営に間もなく乗り出す。
まだまだ必要な人材は足りず、この辺はアッシュフォード公を介して優秀な人材を集めようとしている所だが、親衛隊の方はどうにか若手の騎士達を中心に体裁が整いつつある。
後は自分の目で領地の現状を見て回るのみ。
現在領地はルーベンが代理で管理している事になっているのだが、何やら良からぬ噂を近頃耳にしている。
ルーベンにより任命された領主代行の貴族による専横、不穏な資金の流れや治安の悪化。
罷り間違っても皇族の直轄領で起きて良い事ではない。
既に領内には人を送り調査を始めているが、果たして噂の何処までが真実なのか。
場合によってはただでは済まさない。
ルルーシュの目に剣呑な輝きが宿る。

「そう言えば」

サクラダイトの結晶体を慎重に保管用の箱にしまった後、セシルが作業用の手袋を外しながら机の上に置かれた大きめの封筒から分厚い紙の束を取り出す。
そしてその一番上から一枚手に取るとセシルはルルーシュに差し出した。

「以前仰られた天体の観測データですが、こちらに纏めてみました」
「流石に仕事が早いな」
「いえ、そんな」

にっこりと何事もないかのように言うセシルだが、ルルーシュは丁寧に纏められた資料を見ながら密かに感嘆した。
一科学者として用いるには勿体ないほどの逸材である。
出来る事ならば然るべき地位を与えて重宝した所ではあるが、そうなればロイドの暴走に歯止めがかからなくなってしまう。
残念な事ではあるが、組織の中で活動させる以上ロイドとセシルはセットでなければならないのだろう。

「一年を384日とする暦からも推測できますように、公転周期は私達の知る地球よりも長いものでした。加えて北極星を中心とした星の観測結果なのですが、やはり私達の知る星座の配置とは若干異なる様で微細ですが差異が認められました。しかし私見ですが九割以上は一致しているように見え、ここが地球とは異なる惑星であるという可能性は否定できると思われます」
「なるほど、ではやはり」
「はい、ここは地球に酷似した世界と言えるのではないかと・・・、パラレルワールド仮説を大いに支持する結果です」

八方に手を尽くして集めさせたハルケギニアの地図も歴史の資料で見たヨーロッパの古地図に良く似ている様に思えた。
あるいは土地や街の名前も類似したものが多い。
到底偶然とは言い難い何かを感じざるを得ない。
ではここはどこで一体どう言う世界なのか、その疑問に対する答えは如何なロイドやセシルと言えども持ち合わせていなかった。
想像では幾らでも理屈は付けられる。
しかしそれが正しいかどうかは誰にも分からなかった。

「まあ、良いじゃないですかぁ。死んじゃった事は置いといて。生きてるって素晴らしい、そう思えるだけでも僥倖。くよくよ悩んでも仕方ないですよ」
「ロ・イ・ドさん!!口のきき方には気を付けるようにとあれだけ!」
「あ、ごめんなさいごめんなさいッ!!」

頬を引き攣らせながらセシルがにっこりと笑いながら拳を振り上げる。
襟元を掴まれながらロイドは必死で首を引っ込めてセシルから背けた顔の前に両手を翳して謝り続けた。
その様子を見ながらルルーシュは一人考える。
結局ロイドやセシルの卓越した頭脳を用いてもこの自分達の異常な事態に関する情報はそれほど得られなかった。
あれ程鮮明だった記憶も月日を重ねる内に少しずつ欠けていく。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとしての自覚も徐々にルルーシュ・ヴィ・ゲルマニアの中に埋没していく一方である。
その記憶の全てを忘れる事はないだろう。
しかしどれほど強い思いも年月という壁を越えられず、解釈の変化、視点の相違などにより色褪せ、まるで他人事のように感じてしまうようになった。
これが後数年、いや数十年後になればどうなるだろうか。
きっと自分はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとしての共感を無くす。
だからこそ、今の内にどう生きていくべきなのかを決めたかった。
その為の調査だった。
何かの理由があって生かされているのであればそれを知りたかったのだが、その答えはない。
ならばルルーシュ・ヴィ・ゲルマニアとして生きるのみ。
元より他者から押しつけられた生き方は好みではない。
自分自身で選んだ道を行かせてもらう。

それはルルーシュにとっての転機であった。
己を縛り付ける過去の鎖を解き、未来を求めて前に踏み出す選択。
この日から彼はルルーシュ・ヴィ・ゲルマニアとなった。






To be continued






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