帝国の兄弟 第6話



「それで?私が幼く理解できないとでも言うのか?」
「ま、まさかそのような事は・・・」
「では理をもって説明してもらいたのだが。私はただお前がどのように税を集めていたのかを示せと言っている。簡単な事だろう?」

真綿で首を絞めるようにルルーシュは徴税官を追求する。
額や首筋に汗を浮かべて男はあれこれと言葉を並べるが、言い訳を連ねる度にその接合性は失われていくばかり。
そもそも既にルルーシュの手元には調査済みの彼の不正の証拠がこれでもかと並べられている。
書面の上で巧妙に隠された数字の矛盾を的確に突くルルーシュの明晰さは官吏等の想像を遥かに超え、呼び出された時のふてぶてしい態度は見る見るうちに焦りと絶望に満ちたものへと変わっていった。
もはや言い逃れなど許される状況ではなかった。
かといって今までの様に金を積んでどうにか出来る相手ではない。
たかが子供の真似事と軽んじていた事を悔やむ。

「言えないのであれば私が言ってやろう。お前は従来の倍以上の税を民に課していた。そして得られた金を全てお前の懐に入ったようだな。時折女性に暴行を加えていたと言う報告も入っている。これだけでお前を裁くには罪状は十分だ。ジェレミア!こいつを牢に叩き込め!」
「Yes, your highness!」

ジェレミアの合図により部屋の中に立っていた騎士達が徴税官の両腕を抱えて引き摺っていく。
何やら喚く声が段々と遠ざかっていくのを聞きながらルルーシュは次の書類へと目を向けた。
本格的に領地運営を始めて約一年、ルルーシュはある程度の腐敗を取り除き、民の衛生環境を多少整えてやり、時には自ら街や村を視察して回った。
たったそれだけの改革とも言えない様な行いにより住民の活力は瞬く間に向上していった。
ルルーシュにしてみれば至極当たり前のやるべき事をやるべき時にやっただけなのだが、民はそれすらも喜んだ。
以前はアッシュフォード公の管理下にあった為、細部まで目が届かず官吏の不正が横行していた。
それが取り除かれた上に主要な街道は綺麗に整えられ、街には衛生的な水道設備が完備され、病人の為の診療所が建てられ、治安の維持も積極的に行われた。
全くをもって健全な運営がなされているのである。
さらにルルーシュは領内に規模の大きな製鉄所を建造した。
ロイド達に設計させた溶鉱炉により領内の鉱山から運ばれてきた鉄鉱石からは上質な鉄が大量に得られるようになった。
これらの鉄はゲルマニアではもちろん、他国でも重要な戦略資源として働く。
特にゲルマニアの鉄鋼の加工技術は世界最先端、鉄の需要は高い。
この製鉄業によって得られる利益はかなりの額になる。
さらルルーシュはその資金で優秀な鍛冶職人を招聘する。
彼等を庇護し加工技術を発達させる事は後々軍需産業の発達に繋がるのだ。
交易面でもルルーシュは優れた手腕を発揮して見せた。
スカンザ諸国の海賊行為により衰退していたバルト海沿岸地域の貿易同盟であるハンザ同盟の建て直し。
莫大な資金を投入し、キール軍港及びヴァイレの港を整備してコペンハーゲン要塞への補給を充実させると共にバルト海の安全を確保させ、海路だけではなく各領地の都市を繋ぐ街道も整備させた。
定期船の運用も増やし同盟に属する各領地での税率を一律にする事で商人達の行き来も格段に増し北の貴族達の財政を潤わせた。
ハンザ同盟は今や単なる経済的連合にとどまらず、政治的、軍事的な同盟として北の貴族達の支持を集め巨大な派閥と化している。
表向きにはこうした動きはアッシュフォード公を中心に行われているが、誰もがその背後で公爵を操る第三皇子の影を見ていた。
もはや無視する事の出来ない彼と言う存在。
無論ルルーシュのこのような動きは他の貴族達の目に脅威と映り得る。
だがルルーシュはオデュッセウスを始めとする皇族兄弟達と連携を取り、自領内で成功した事業を他の領地でも行えるように広げていった。
そうする事で皇族の財力を増し、そしてルルーシュ自身への警戒を和らげる事が出来る。
こうしたルルーシュの行動は着実に成果を上げ、皇帝直轄領の発展に繋がっていった。
僅か一年の事である。
数年間の仕込みと計画があったとしても驚異的な速度の発展。
ゲルマニア帝国全体にルルーシュの評判ゆっくりではあるが広がっていくのも自然な流れであった。

「トリステインとの国境問題も大体決着が見られたようだな。し十分な量の小麦が国内に供給出来ている」
「あの土地は肥沃ですゆえ、また火種に火が付き次第トリステインも首を突っ込んでくることでしょう」
「そこが痛い所だ」

トリステインとゲルマニアの国力はかなりの差がある。
無論ゲルマニアが国力と言う点では優位に立っている。
だがトリステインには王権国家の伝統があった。
それ故に国境争いでゲルマニアが国を挙げて領地を切り取りに行けば済し崩し的にガリアやアルビオンの参戦を招きかねない。
よってトリステインとの小競り合いは隣接した領主同士に任され、ぐずぐずと何代にも続く争いになっていた。

「まあ今の俺が口を挟むわけにはいかないけれどな」

たかが一皇族直轄領の領主如きが国の問題など考えても仕方が無い。
いずれオデュッセウスが皇帝となって際に下で働く気ではあるが、今は力を蓄える時だ。
そして気になる報告が一つ。
新しく親衛隊に参加したヴィレッタ・ヌゥからのものである。
元傭兵である彼女は独自の情報網を持っており、それを利用して処分した貴族達が集めた資金の行方を調べさせていた。
コルチャック男爵やハルトグレン伯爵、ルルーシュの領地で高い税制を民に強いていた彼らの資産は一部が何者かによって持ち出され、行方不明になっていた。
その行方を探らせているのだが、幾工程をも経て複雑に資金洗浄されており、もはや追及し続けるのも難しくなっている。
これだけの事をたかが一男爵や伯爵に出来るはずもない。
背後に潜む黒幕を思ってルルーシュは気が重くなった。
現に今の時点で発覚した中にはツェルプストー辺境伯やガンドルフィ侯爵のような大貴族の名が挙がっている。
ツェルプストー伯の場合は何も知らずガンドルフィ侯爵等に利用されていただけだと言う事が分かっているが、大貴族レベルにまでなると下手に追及する事は出来なかった。
確固たる証拠を掴む前に証拠を隠滅され逆にこちらの立場が悪化する恐れもある。
今の地位でやれる事は少ない。
不愉快ではあったが、見逃す他なかった。
だがこの調査は決して無駄にはならない。
所詮政治的なポーズに過ぎなくとも、そこに明確な意思が込められれば人は動く。
後はその動きを追うだけだ。

「もう少し餌を撒いておくか」

ルルーシュの思考は来月に迫った予定に飛ぶ。
皇帝シャルル・ジ・ゲルマニアの誕生祭。
ゲルマニア中のほとんどの貴族が一堂に会する日。
そして滅多に帝都に寄り付かないルルーシュが皇宮に顔を出す数少ない機会でもあった。





ニイドの月、ルルーシュとロロはジェレミアおよび親衛隊を引き連れてヴィンドボナを訪れていた。
皇族と言えど年に数回数えるほどしか来る事の無い帝都。
実際の所はルルーシュが単に忌避しているだけであり、他の皇族達は一年の半分をヴィンドボナで過ごしている。
その為、ルルーシュがヴィンドボナを訪れる時は貴族達の間でちょっとした騒ぎとなる。
ルルーシュが握る利権のおこぼれを狙う者、娘を婚約者に仕立てようとする者、少しでも顔を覚えてもらい将来引き立ててもらおうとする者、そして多くの敵対者達。
それらの行為が鬱陶しい為ルルーシュはあまりヴィンドボナに寄り付かないのだが、貴族達はなかなか容赦が無い。
皇宮ペンドラゴンの大回廊を通る傍からも好奇の視線が飛び交う始末。
それらをきっぱりと無視してルルーシュはロロ、ジェレミアと共に謁見の間へと向かった。
重たい扉が開かれ、ルルーシュとロロの来訪が告げられる。
広い空間が目の前に広がり、赤い絨毯の続く先にはゲルマニア帝国の支配者、シャルル皇帝が座る玉座があった。
ルルーシュとロロは真っ直ぐに絨毯の上を歩み出る。
左右に並ぶ数多の貴族達が口々に囁き始める。

「母親に良く似て御美しい」
「だがその中身は・・・」
「北の粛清にも一役買ったとか」
「あの歳で名実ともにハンザ同盟の盟主とは」
「アッシュフォード公爵もさぞ鼻の高い事だろう」
「だがあのガンドルフィ侯爵を失脚させたそうではないか」
「たかが第三皇子の分際で・・・」
「所詮子供。皇帝陛下の御威光を利用して良い気になっているに過ぎんよ」

耳障りな雑音が二人の耳朶を打つ。
だが気にも留める事無く、ルルーシュは口元に薄らと笑みを浮かべ玉座の下へと向かった。
既に他の皇族達は揃っている。
十数人の親類が顔を並べる中、ルルーシュは皇帝の前まで辿りつくと優雅に礼を取った。

「ルルーシュ・ヴィ・ゲルマニアおよびロロ・ヴィ・ゲルマニア、只今到着致しました。遅くなり申し訳ありません、父上」
「久しいな、ルルーシュ、ロロ」

シャルル・ジ・ゲルマニアの視線が二人に注がれる。
大柄な体から発せられる皇帝としての威厳は絶対的な支配者を体現するにふさわしい。
流石は一代で皇帝権限を大幅に強化、風石の採掘権などの利権のほとんどを掌握して絶対政治を繰り広げるだけはある。
彼がゲルマニアの歴史に名を残す名君である事は間違いないだろう。
シャルル皇帝にブリタニアの記憶は無いのだろうが、毎回会うたびに緊張を強いられるのがルルーシュは好きではなかった。
何せあの世界では存在を否定する事で抹殺した人間だ。
記憶がややこしい事になる。

「ルルーシュ、お前の評判は皇宮まで伝わってきておる。先ほどオデュッセウスからも話を聞いた。政治に興味があるようだな」
「非才の身ではありますが、最善を尽くしているつもりです」
「謙遜は良い。アッシュフォード公にヴァインベルグ侯、皆お前を称賛しておる。その優れた才、これからも存分に発揮するが良い」
「はい、いずれ父上か兄上の御代に貢献できればと思っております」

ルルーシュの言葉を耳にした貴族達が色めき立つ。
やはり付くべきは第一皇子オデュッセウスか。
常々ルルーシュが公言している事であるが、ルルーシュ自身に皇帝となる意志はない。
皇帝と言う立場の重みも知っているし、己が周囲にどのような目で見られているかも知っている。
自分が皇帝になったならば間違いなくゲルマニアは幾つかに割れるだろうとも思っていた。
ルルーシュが皇帝になるには敵が多すぎた。
国情を不安定化させて他国に介入されるよりは皇帝の座をオデュッセウスに譲った方が良い。

「しばらくはゆっくりと過ごしてゆけ」
「はい」

どうせ皇帝の誕生祭を控えており、一月以上はヴィンドボナに滞在する予定である。
その間に開かれるパーティーの数をざっと計算し、ルルーシュは気付かれないように表情を曇らせた。
そんな兄の様子を眺めながらロロはふと周囲からの強い視線を一つ感じた。
前世での経験が生きているのか、その手の感情の動きにロロは鋭い。
無数の悪意の視線が四方八方からこちらに向かってきているが、その中に少し毛色の違う視線を感じた。
ロロはさらに感覚を研ぎ澄ませる。
その視線は真っ直ぐにルルーシュへと向かっていた。
最愛の兄への憎悪、一刻も早く排除したい思いを抑える。
下手に動けば兄の不利になるだけだ。
皇族の中でもルルーシュの立場は最も寵愛した女性の子供と言う事もあり、シャルル皇帝の膝元では限りなく最上位にある。
そう簡単に皇宮で手出しできるわけがない。
大丈夫だ。
敵対者に対する警戒心を強めつつ、ロロは思う。
兄さんは僕が守る、と。





アルブレヒト大公はシャルルの実の弟である。
シャルルが皇帝の座について間もなく起きた血の紋章事件、シャルルの叔父ルイ大公が有力貴族を扇動して起こした反乱でシャルルは多数の貴族と皇族を粛清した。
これにより皇帝の権限は高められると同時にアルブレヒトの身の安全も保障される事となるのだが、それは同時にアルブレヒトに恐怖を与えた。
兄弟達を容赦無く粛清したその杖の先がいつか自分にも向けられるかもしれない。
シャルルに対する恐れ、あるいは劣等感が絶えず彼の中に存在した。
この身を苦しめる恐怖、これから逃れる手段はたった一つだけ。
恐怖の根源を断ち切る事。
すなわち兄を廃して自分が皇帝となるのだ。
幸いにも皇帝権力の強大化を兄が行ってくれた。
後釜に座ればその強大な権限が自分の身を守ってくれる。
だがそれを実現するには幾つもの障害を乗り越えなくてはならない。
このままではシャルルはオデュッセウスを後継者として指名するだろうし、それを退けて自分が皇帝を名乗ったとしても他の貴族が付いて来ない可能性が非常に高い。
何しろ大義名分のない帝位の簒奪なのだから。
これらの問題に対する策はある。
南部西部を中心に貴族らの懐柔もすでに進んでおり、時が来れば十分な戦力が溜まるだろう。
特に反シャルル勢力とも言うべき血の紋章事件によって粛清の対象となった貴族の生き残りは水面下で活発に動き始めている。
しかし最大の障害はルルーシュ・ヴィ・ゲルマニアの存在だった。
オデュッセウスの様な平凡な皇子であれば問題はなかったのだが、ここ数年で彼は並はずれた才角を示し続けている。
アルブレヒトにとって最も危険な敵である事は間違いない。
その騎士もゲルマニア屈指の炎の使い手と呼ばれ始め、弟も優れた風の使い手。
その身を排除するのは容易くない。
事をうまく運ぶにはルルーシュの身柄を彼等から引き離す必要があるだろう。
アルブレヒトの視線は杯を掲げる兄、シャルル皇帝へと向かう。
彼があおる杯にはほんの微量の毒が混ぜられている。
長い年月をかけて蓄積した毒は壮健なシャルル皇帝の体を徐々に蝕んでいる。
後に三年の内に病を患ったような症状で床に伏せるだろう。
計画は順調に進んでいる。
あと少し、あと少し。
アルブレヒトは寿ぎに紛れてにやりと笑った。
 






To be continued






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