帝国の兄弟 第11話


「ルルーシュに続きオデュッセウスの身柄すらも確保できなかっただと!?貴様らはどこまで無能なのだ!!」

食事中に舞い込んできた不愉快な知らせにアルブレヒトは激昂した。
報告に来た者に対して手にしていたフォークを投げつける。
響き渡る怒声に給仕の女官達がまるで自分が怒鳴られているかの様にビクリと体を震わせた。

「そ、その、帰還した者が言いますにはジェレミア卿による邪魔が入ったと」
「くそッ!またか、また貴様の手引きなのかッ!ルルーシュ・ヴィ・ゲルマニア!!どこまでこの俺を馬鹿にすれば気が済むのだ!!」

テーブルに拳を叩きつける。
跳ねた皿が一斉に音を鳴らし、零れた料理がクロスに沁みを作る。
布地にじわじわと広がっていくそれをジロリと睨みつけながらアルブレヒトはギリギリと歯ぎしりをした。
この内乱はある意味、志向の違う北部と南部の貴族達の対立の延長線上にあると言っても良い。
本来ならばオデュッセウスを擁するはずの西部はアルブレヒトの工作により分裂し、互いに牽制し合って迂闊に兵を動かせない状況にあった。
皇宮に詰めていた反アルブヒレト派の西部貴族は全て拘束し無力化してある。
オデュッセウスさえ捕らえる事が出来れば西部勢力は完全に抑える事が出来るのだ。
加えて東部には自治都市が多く、皇帝に対しても殊更忠誠心が薄い者達が多い。
本来ならば彼らが持つはずの風石の採掘権を全てゲルマニア皇家に奪われたと言う経緯もあり、すぐさまこの内乱に割って入る勢力となる可能性は低かった。
あるいはこの機に一部の者達は独立しようと考える事もあり得る。
それはアルブレヒトにとっては決して悪い事ではなかった。
ある程度の独立の承認を餌に援軍を引き出せるからだ。
どうせ独立など形だけのもの。
ゲルマニア帝国の全てを掌握した後に武力、あるいは政治経済的に圧力をかければ独立などと言う甘い考えはすぐに無くすはずだ。
こうした状況から現在国内の貴族達は南北に大きく割れていた。
南部の貴族を中心とし、血の紋章事件でシャルル皇帝に粛清された者の血族、さらには西部東部からの離反者が合流したアルブレヒト派。
北部の貴族に加え、僅かな西部の貴族が参加するオデュッセウス派。 彼等が互いに己の象徴となる皇帝を擁立することで団結している。
だからこそ、オデュッセウスやルルーシュの様な要となる者を捕え、北部の貴族達の団結を妨害し各個撃破でこの内乱で勝利するはずだった。
全て上手くいっていた筈だ。
いつでも殺せるように帝都に呼び寄せていたはずのルルーシュはこちらの動きを見透かしたように逃げ去った。
皇族の後見貴族達が皇宮に忍ばせていた間者は全て排除するか懐柔していた。
皇帝の容体などの情報は完全にシャットアウトしたはずなのに。
これではまるで自分達がかの皇子の手のひらで踊らされているようであった。
思えば兆候はあった。
帝国議会での意見の対立からの強行採決、これに対する抗議と称して北部は人員を段階的に帝都から引き上げていった。
スカンザ諸国との抗争も抱える北には物資輸送用のフネや戦列艦が少ない数存在する。
これらは幾ら命令を下しても動かそうとはしなかった。
まさにこうなる事が見えていたかのように。
軍艦の大半を押さえたとはいえ油断はできない。
アルブヒレトは他の貴族達とは違い、決してルルーシュを単なる皇子と見なしてはいなかった。
一体何度この日の為に蓄えていた力、資金、人の流れを奴に暴かれかけただろうか。
あの歳に似合わぬ冷徹な紫の瞳がアルブレヒトの脳裏を過る。
ギリっと歯ぎしりをし、アルブレヒトは指示を待つ将軍らを睨みつけた。
たとえ第一手を仕損じたとは言え帝都を押さえたこちらが有利な事には依然として変わりはなく、有する戦力も数の上では圧倒的にこちらが上である。
ならば真正面から力を持ってねじ伏せるのみ。
その武威を持って帝国中に、否、ハルケギニア中に皇帝アルブレヒトの名を轟かせて見せる。

「カラレス、貴様に一万の軍を与えてやる。北西の北部主力軍を壊滅せよ」
「Y、Yes, your majesty!」
「もし二度も失態が続けば・・・、貴様は竜の餌になると思え!」

ほうほうのていで前から去っていくカラレス将軍を始めとする貴族達の背を睨みつけ、アルブレヒトは今後の手を考える。
ヴィンドボナはゲルマニア中央からやや南東に偏った位置にある。
よって敵の軍はほとんどが北西から押し寄せて来ると考えて良いだろう。
動員できる兵力数ではこちらの方が勝っているのだから戦力を分割して他方向から攻めるなどという愚をあのルルーシュは犯すまい。
また、北は背後にスカンザ諸国が存在しており、かの国もゲルマニアの内乱を知れば早々に兵力を纏めてコペンハーゲン要塞に送って来るだろう。
如何に屈強な北部軍と言えども挟撃には耐えられまい。
時間という要素はこちらの味方であった。
だがこちらもガリアの国境線には最低限の兵力を置かねばならず、帝都の守りにも戦力を割かねばならない。
戦場に送り出せる兵力には限りがあり、余剰な戦力など持ち合わせてはいない。
戦うからには確実に勝利を得たい。
ならば確実に勝利を得る為に駄目押しの一手を打つべきだ。

「後宮の様子はどうだ?」
「既に制圧済みです。先帝の皇妃らは全員別の部屋で待機して頂いております」
「ふむ、それで良い。女と言うのは放置しておくと面倒事を起こすからな。普段は反目していても自分や子供の命がかかれば途端に結束する」

いざとなれば人質にもなり得る者達だ。
今は無碍に扱うつもりはないが、時期が来れば価値も無くなる。
処分はその時にすれば良い。

「後宮で抵抗を続けていたロイヤルガードはどうした?」
「先程抵抗を止めたとの事です。おそらくは例の件が・・・」
「なるほど」

アルブレヒトはニヤリと笑う。

「では奴を呼べ!玉座の間で待つとな!!」





一人の男が長い回廊を歩いていた。
ペンドラゴン皇宮最奥の間へと繋がる道。
彼の両側を武装した騎士達が警戒と緊張を露わにして付いて行く。
謁見の間に通じる巨大な扉の前まで来ると扉の前に立っていたアルブレヒトの従者が一歩前に出て口を開いた。

「陛下がお待ちです」
「・・・・・・」

男は答えない。
その反応は予想済みだったのか、従者は特に咎める事もなく男の背後に控える騎士達にちらりと視線を向けながら言う。

「ここから先は謁見の前。その背の剣はこちらで預からせて頂こう」

不意に男がギロリと従者を睨みつけた。
鋭い眼光と全身から迸るオーラが周囲に立つ者達を威圧する。
押し殺した悲鳴を上げて従者や数人の騎士が立ち竦んだ。
男の隣に立っていたやや年配の騎士が思わず杖に手を伸ばす。
彼はかつて戦場に立った時の事を思い出した。
常勝不敗、常に戦場に在って先頭を行き、先帝シャルルの為に戦い続けた男。
その強さは共に戦ったからこそ身にしみていた。
ここで抵抗されれば彼らの力では止める事など出来やしない。
所詮文官共にはそれすら分からないのだろう。

「・・・そのままで良い」
「な、何だと!」
「良いと言っている!さっさとそこを退け!」

騎士の怒鳴り声に従者らが慌てて逃げ去っていく。
その無様な姿を見ながら彼は男に進むよう促した。

「どうか抵抗はなさらぬよう・・・」
「分かっている」

扉が開き、謁見の間が目の前に広がった。
赤い絨毯の上を進み、男と騎士達が玉座の元へと辿りつく。
かつては畏怖の念を持って見上げた玉座も、騎士に目にはかつての栄光は無くすっかり色あせた様に見えた。
豪奢な椅子に座り彼らに目を向けるのはかつての皇弟アルブレヒト大公。
己の主を弑逆した者が玉座に座る様を男はどのような思いで見据えるのだろうか。
騎士は男の拳がギュっと握られ微かに震えるのを見た。
それが全てを物語っていた。

「私をお呼びと聞きましたが」

感情を押し殺した冷たい視線がアルブレヒトへと向けられる。
しかしその奥に苛烈な怒りが潜んでいる事は知っていた。
だが今の彼は決して逆らえない。 そうする為の切り札をアルブレヒトは持っていた。

「おお、良く来た」

途端にアルブレヒトの機嫌が直り、笑みが浮かぶ。
しかし相手はそれを嫌そうにねめつけて無愛想に言葉を続けた。

「如何なるご用件でしょうか?」
「うむ、貴殿にはカラレス将軍と共に反逆貴族共の討伐に出向いてもらいたい」
「・・・・・・」

黙り込んだ相手にアルブレヒトはニヤリと笑った。

「御養女は戦場での貴殿の邪魔にならぬ様、こちらで丁重に歓待しておこう。何心配するな。不埒な者の手の届かぬ場所で保護しておる故、な」

侮蔑を含んだ怒りの視線がアルブレヒトを貫く。
だが彼が自分に手を出す事がないと分かっているアルブレヒトは欠片も怯えを見せる事はない。
これぞ彼を縛る切り札。
血の繋がらぬ養女を、亡くなった親友の娘を男が大切にしている事を知っていた

「親族を手にかける気か」
「シャルル皇帝も行った事。帝国を治める上で必要な行為だ。よもや貴様がそれを非難できるとでも思っているのか?『血の紋章事件』の首謀者であった我が叔父を殺したお前がな。同じ事をやれと言っているのだ」

アルブレヒトは男の返答を待った。
皇家に対する忠誠と親友と養女への思い、その二つを天秤にかけ何を選択するのか。

「・・・良いだろう。だが忘れるな。我が娘に一筋でも傷を付けてみろ、その時は貴様の首が無くなると思え」
「貴様、皇帝陛下に対し無礼であろう!」

男のアルブレヒトに対する態度を側近が歩み寄り咎める。
だが次の瞬間、男の手が神速で背負っていた大剣を抜き、目の前の空間を切り裂いた。
巻き起こった風は側近の髪を大きく揺らした。
はらりと床に落ちる前髪の束。
叩きつけられた殺気に側近が腰を抜かす。
本来ならば、それを防ぐはずの役目を負った騎士達も身動き一つできなかった。
男は片手で大剣を持ったまま広間から出て行く。
残されたアルブレヒトは今だ健在である男の力を目にして満足そうに笑った。

「帝国最強の騎士にしてロイヤルガードの長、ビスマルク・ヴァルトシュタイン卿。奴の力を持って反逆者どもを叩き潰す!」






To be continued






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