帝国の兄弟 第13話


ルルーシュとオデュッセウスを擁するアッシュフォード騎士団は領地を出発後、ヴァインベルグ侯爵を始めとする有力貴族の諸侯軍と合流し総勢を一万近くまでに増して街道を南に下っていった。
またエニアグラム、エルンストといった前皇帝との繋がりが深かった貴族、さらに遠方より出向いたオデュッセウス派貴族の軍などの別動隊もそれぞれ別ルートでヴィンドボナへの進軍を開始。
これらの軍は正式に第一皇子オデュッセウスの即位をもって正統なるゲルマニア帝国軍を称し、道中の街々や中立の貴族達にその存在意義をアピールしていった。
一方これに対抗してアルブレヒト三世も航空戦力を含む一万の兵を敵本隊がいる北西部に派遣し、皇子派の多方面からの攻撃を主要街道の封鎖や近隣の砦を使用しての防御といった防衛策に出る。
これはすなわち帝都を有する自軍の優位を活かし、持久戦に持ち込む事で北部情勢、特にスカンザ方面の不安定化を狙った戦略であった。
カラレス将軍率いる一万の軍でルルーシュ率いるゲルマニア軍の本隊を叩く事が出来れば、その勝利を持って日和見の貴族達の参戦、あるいは懐柔が狙える。
第一手第二手と後手回ってしまいはしたが、依然として優位はアルブレヒト派にあり、この一戦はオデュッセウス派が劣勢を覆す為の戦いであった。





カラレス達討伐軍がオデュッセウスを擁する敵本隊を補足したのは進軍を開始して三日目の事であった。
それは当初の進軍速度からは考えられないほど遅い捕捉であった。
司令部は大いに戸惑いながらも偵察部隊を出してみれば既にぶつかるべき戦場を決め準備を整えて、広い平原部に堂々と陣を構えて待ち受けているらしい。
当然の如く罠や伏兵、あるいは大規模な別働隊の存在を考える状況であるが、アルブレヒトの下した命令は敵軍を真っ向から打ち破りこちらの軍事的優位を示す事である。
必要以上に遭遇を避けるべきではない。
部隊を展開しつつ、カラレス達は平原に進む。
そしてその日の午後には両軍がゲルマニア中央部に広がる平原地帯を挟んで睨み合う事となった。
平原に着いた彼等の目に飛び込んできたのは整然と横に大きく広がる形に敷かれた陣形であった。
左右両翼に部隊を多く配備し、あからさまに中央を手薄にした陣形。
明らかにこちらが手薄な所を攻めてくる事を誘っている。
カラレスは敵の陣形を眺めながら呟いた。

「ふん、所詮は子供浅知恵か・・・」

この手の陣形は真正面から突っ込んでくる敵に対して両翼の軍から攻撃できるという利点がある。
しかしどうしても軍の厚みが減ってしまい、一度陣形が崩れれば全軍の連携が崩壊しかねない。
さらに言えばおそらく囮として中央にあるだろう敵の司令部を魔法の圧倒的火力で突き破れば、この戦の勝敗は決したも同然。
そして我が軍にはそれを成すだけの攻撃力がある。

「砲撃部隊は前へ。及び突撃部隊を中央に配置。奴らに突破口を開かせろ!」

そう判断してカラレスは攻撃の開始を宣言した。
火メイジ達が一斉に杖を掲げ火線を形成する。
放たれた無数の火球がオデュッセウス軍の前方に位置する部隊へと炸裂した。
即座に水と風の障壁が張られ、火球が幾らかの衝撃を残して霧散する。
次々に発射され、着弾する炎の魔法。
間隔を置かず相手に反撃の隙を与えない連続の砲撃にたちまちオデュッセウス軍は防戦一方に陥った。
先手を取った、そう感じたカラレスは前進を命じた。
一切の攻撃の手を緩めず、予備部隊を覗く全軍がゆっくりと進み始める。
徐々に距離が詰まり始めて、魔法の攻撃も射程が短く威力が高いものが混ざり、オデュッセウス軍の最前線の部隊に損害が出始めた。
にも拘らず、オデュッセウス軍は一向に攻撃に移らない。
一層守りを固め始める。
それを見て、カラレスは予備戦力の一つを投入する事を決めた。
巨大なゴーレムを錬金した土メイジの部隊が火砲の援護と共にゴーレムを走らせる。
それに呼応して相手方からも地面から錬金されたゴーレムが立ち上がった。
数体のゴーレム同士がぶつかり、互いに押し合う。
その足元を幾筋もの砲撃が行きかった。
爆発が上がるが、敵の陣形に揺らぎはない。
巧みに配置を入れ替え魔法の障壁を張り続け、被害を最小限に抑え続けていた。

「それなりに防御は分厚いと言う事か」

だが防御だけでは勝利は得られない。
敵軍は損害を恐れて守りに徹してしまっている。
多少の被害を許容してでも攻撃しこちらの勢いを削がない限りはその防御に意味はない。
この瞬間、カラレスの中から北部軍への恐れが消えた。
帝国最強の軍を有する北部貴族、武勇を尊び代々外国と戦い続けた者達。
それは幻想に過ぎなかった。
幻想の軍を打ち破りゲルマニア帝国の新たなる時代への幕を開けるのはこの自分なのだ。
勝利への確信と興奮が高まり、知らず知らずの内に口角が上がった。
カラレスは中央に配置した突破力に長けたメイジ中心の突撃部隊を動かした。
狙うは敵陣の中央、ゲルマニア皇帝の旗印がはためいている本陣である。
カラレスの合図と共に突撃が開始される。
それと共に他の左右両翼が突撃部隊の包囲殲滅を避ける為に、敵両翼の抑えつけに回った。
だが次の瞬間、

ドォオオオオオンッ!!

地面が揺れ、大量の土砂が空へと舞い上げられた。
平原に響き渡る大爆発、上空へ向けて立ち上っていく黒い塊のような煙と炎、そして突風となって襲いかかって来る衝撃波。
カラレスの鼓膜を巨大なハンマーが叩いたかのような衝撃が走った。
地面を舐める衝撃波が兵士達を吹き飛ばし、陣形を突き崩す。
どうにか顔を起こし、平原を見たカラレスは唖然となった。
突撃部隊が向かって行った先に生じた巨大な穴。
平原の地面が大きく抉り取られてた。
突撃部隊が銃や魔法の砲撃を味方にして中央に向けて攻撃を放とうとした瞬間、突如地面から巨大な火柱が上がったのだ。
誰もがこの予想外の展開に身動きが出来ずにいた。
前線の部隊に生じた多大な被害のカバーが圧倒的に遅れる。
そして敵はその好機を見逃さなかった。
横に広がっていた陣形が素早く三つに分かれそれぞれが突撃用に攻撃的な分厚い陣形に変わる。
先ほどとは打って変わった様に激しく苛烈な砲撃が始まった。

「カラレス将軍!?」

動揺した声が発せられる。
精鋭のメイジ部隊が一掃され、残っている主力部隊はカラレスが護衛代わりに用いている精鋭の部隊のみ。
その騎士団を即座に反撃に用いていればまた運命も変わったかもしれない。
だがカラレスは瞬時に判断を下す事は出来なかった。
自身が思い描いていた青写真が目前と突如消え去ったのである。
それも想像を超えた衝撃で吹き飛ばされた。
最初に思い浮かんだのは自身の保身だった。

「し、将軍!!」

元より攻撃的な陣形を取っていたオデュッセウス軍がその攻撃を開始すれ動揺で揺れているアルブレヒト軍など踏みつぶすのは容易い。
今まで防御に回っていた為鬱憤が溜まっていたのか、各部隊の攻撃は狂ったの様に超攻撃的に押し寄せてきた。
瞬く間に前線が崩壊していく。
カラレスの脳裏を敗北の文字が過った。
これが指揮官同士の戦いの全ての決着となった。





同じ頃、上空でも艦隊同士の戦いが始まっていた。
アルブレヒト軍は大から小まで、中には商船を臨時に改修したフネまで混ざった寄せ集めの艦隊ではあったが、圧倒的な数で空の主導権を取るべく前進を始めた。
だがそれはすぐに無数の砲撃によって妨げられる。

「なッ!?」

旗艦の傍を航行していたフネの甲板が吹き飛ぶ様を見て、提督が驚愕の声を上げた。

「きょ、距離は!敵艦隊までの距離は幾つだ!!」
「う、うう、嘘だろう!?四リーグを超えています!!」
「何だと!?」

ギョッとはるか前方の艦隊を見る。
自軍のフネに取り付けられたゲルマニア最新鋭のカノン砲の射程はおよそニリーグほど。
それでもハルケギニア随一の射程を誇るはずだった。
なのに向こうはそれを遥かに上回る射程距離で攻撃を仕掛けると言うのか。
飛んでくる砲弾の数は艦隊の規模から考えるに少なすぎる。
おそらくは一部の新型の火砲を備えたフネのみの砲撃なのだろう。
しかしそれでも一方的に攻撃され続ければこちらだけが被害を被る事になる。

「空戦部隊を出せ!!」

計画よりもかなり早い空戦部隊の投入に指揮官達にも動揺が走っていた。
急ぎ出撃の準備をして竜騎士を中心とした空戦部隊が次々と竜母艦から飛び立って行った。





「敵竜母艦より竜騎士隊の出撃があったようです」
「作戦の第一段階をクリア。第二段階に移ります。各竜騎士隊及びグリフォン部隊は出撃して下さい」

オデュッセウス軍の旗艦、皇族ヴィ家所有の竜母艦カリストに設置された作戦本部でロロ・ヴィ・ゲルマニアが直ちに戦力の投入を告げた。
ロロは前方に並んだ小型、中型の戦列艦を見た。
戦列艦に積まれたカノン砲はその威力を十分に発揮し、アルブレヒト軍の艦隊を一方的に攻撃している。
その中に一隻他のフネと違った形状のフネが混ざっていた。
甲板にマストを、船体の側面に翼を持たないフネ。
ルルーシュ直属の技術者集団、ロイドとセシルが所属する『ジュピター』が建造した実験艦ガニメデ。
アッシュフォード家から譲り受けたフネを改修したものなのだが、その原型は既に留めていない。
外装として装甲を纏い、新技術である電気熱加熱を利用した空気の噴出で推進力を得るエンジンを搭載、さらには新型砲台まで積み込んだまさに最新技術の塊である。
そのガニメデを中心として繰り返された砲撃は敵艦隊に少なからぬ損害を叩き出していた。
射程距離が段違い過ぎてまともな戦いにはなっていない。
敵はその現状に焦ったのか、この距離で小回りのきく竜騎士を戦場に投入してきた。
作戦は順調に進んでいる。
後はさっさと敵艦隊を沈黙させて地上の援護に向かわないと。
ロロは逸る気持ちを抑えて副官に地上での戦闘の様子を尋ねた。

「敵軍の陣形が大きく崩れたようです。まもなく突撃が開始されるでしょう」

ルルーシュが進めさせた準備がクリーンヒットした結果である。
流石は僕の兄さんだ、とロロはそっと口元を綻ばせた。
ならば敬愛する兄の立てた作戦に一点の沁みも作ってはならない。
ロロは制空権を直ちに確立するべく気を引き締め直した。





竜母艦カリストの平甲板の上でジノ・ヴァインベルグは空に広がる戦場を眺めていた。
幾度となく戦場に立った経験を持つジノだったが、これ程までに大規模な戦場に足を踏み入れるのは初めてである。
こちらに迫り来る竜騎士達を見て自然と武者震いが起きた。

「どうした、ジノ。そんなに緊張した顔で」

ふと隣を見るとニッと気持ちの良い笑みを浮かべた長身の女性が立っていた。
ノネット・エニアグラム、コペンハーゲン要塞を守る部隊を率いる女指揮官であり、帝国騎士団でもトップクラスの実力を備えた竜騎士である。
また、エニアグラム家はアッシュフォード家やヴァインベルグ家とも繋がりが深い家柄である為、ジノにとっては旧知の相手でもあった。

「まあ、心配するな。この私がいる以上敗北はない」

随分と自信満々に言ってくれる。
だが他ならぬノネットの言葉であるから、ジノは信じられる気がした。

「いやいや、緊張はしていないですよ。私の実力を示す時が来たと思いましてね」
「言ってくれるじゃないか」

お互いの顔を見て頷き合い、それぞれの幻獣に騎乗する。

「よし、エニアグラム隊出るぞ!南の軟弱者共に空の飛び方を教えてやれ!」
「ヴァインベルグ騎士団、私に続け!」

ジノとノネットを先頭に空戦部隊が敵を迎え撃つべく次々に飛び出していく。
使い魔のグリフォンと共にジノは空を高速で舞った。
押し寄せてくる風に混じって敵の殺意を感じた。
戦場の気配を感じて心が高揚し口元が緩む。

「いくぞッ!!」

グリフォンは竜種に比べて長距離の移動には向かないが、その分瞬間の加速力では比類なき能力を持っている。
放たれた魔法の攻撃を掻い潜り、瞬きする間も与えず敵竜騎士の背後に付いた。
グリフォンの高機動力と風の魔法を使った無茶な旋回に体が軋む。
だがその程度で悲鳴を上げる様なやわな鍛え方はしていない。
真っ直ぐに敵を見据えて自分の身の丈程の長さの斧剣にブレイドの魔法を纏わせた。
竜の背に跨った騎士が後方を驚いた顔で振り向いた時には既にジノを乗せたグリフォンは視界にはなかった。
急上昇の後に翼と脚を折り畳んでの急降下。
すれ違いざまに斧剣の杖を一閃する。
確かな手ごたえが手に伝わり、ジノは己の使い魔に次なる目標へ向かう事を命じた。

「まずは一騎!」





「ふははははッ!カラレス将軍、君の考えはその程度だったんだよ。教科書通りに中央に火力を集結させてくれてありがとう。一気に敵の主力を吹き飛ばせたよ」

ルルーシュは敵指揮官の失策を嘲笑いつつ、矢継ぎ早に指示を出していく。

「左右両翼を突撃用陣形に変更。ヴァインベルグ騎士団およびアールストレイム騎士団を先頭に敵の戦力を分断せよ。クルシェフスキー卿は別働隊を率いて敵後方へ回り込みカラレス将軍へ圧力をかけろ。各軍全力で敵を粉砕せよ!」
「「「Yes, your highness!」」」
「アッシュフォード騎士団はこのまま本陣と共に緩やかに前進。崩壊した戦列を押しつぶす!」

爆風は風のメイジ達による結界によって大きく緩和され、衝撃で身動きがとれなくなった敵を尻目に動き始める。
ロイド達に作らせた高性能爆薬を土中に埋め、タイミングを見計らって爆破しただけの策であったが、メイジの突破力を過信したカラレスはルルーシュの予想通りに中央突破を狙ってくれた。
精鋭のメイジ達の集団を爆破壊滅し、勢いを挫いた後はもはや追撃戦の要領である。
総崩れになり始めた敵を確実に仕留めていくだけである。
自軍は個々の能力が高い上に正統な皇帝を、皇位継承者を擁しているだけはあってその士気は非常に高い。
もはやここまでくれば奇策は必要なく、真正面から押し潰す方が効果的であった。

「東側の包囲を解け。そちらに敵を逃がす」

追い詰め過ぎて敵に自棄になられては困る。
これはかつてのルルーシュの兄の言葉であったが、『希望を摘み取り過ぎてはいけない』
多少意味合いは異なるが、逃亡のという希望を見出した兵士達は自滅覚悟の決死の抵抗よりも安易な逃亡を選ぶだろう。
逃亡した先にはエ二アグラム卿やエルンスト卿等が率いた軍が待ち構えているとも思わずに。
味方の犠牲を減らして最大限の戦果を上げる。
理想とも言える最上の戦果、ルルーシュはこれをいとも簡単に実行してみせた。
本来地上軍を援護するはずの航空戦力もガニメデやカリストを中心とした艦隊に押され連携は取れていない。
それどころか、地上軍の崩壊を見て撤退すらも始めていた。
勝利の見えた戦い、司令部に安堵が漂い始める。
だが戦いはそこで終わりではなかった。

「ルルーシュ様!」
「どうした!」
「アッシュフォードの前衛が!」

ハッとルルーシュは護衛の騎士が指差す方向に顔を向けた。
巨大な土煙りを上げる一帯、そこから夥しい悲鳴が上がる。
爆発にも似た衝撃音が走り、地中から何本もの土の柱が立ち上がった。
前衛の兵士達が瞬く間に吹き飛ばされる。

「なッ!?あれは何だ!」
「我が君!」

突如何処からともなく始まった攻撃に驚くルルーシュ、そこへジェレミアが進み出た。
腰から武装杖を下げ、僅かに興奮した面持ちでジェレミアが口を開く。

「敵です。おそらく最強の敵でしょう。私が戦って参ります。ここはどうかお下がり下さい」
「お前が行くのか・・・、分かった、だが勝て。これは命令だ。必ず勝利して返って来い」
「Yes, your highness! 必ずや我が君に勝利をお届け致しましょう」

踵を返したジェレミアがフライで最前線の戦場へと飛んでいく。
それを見ていたルルーシュはキッと顔を上げた。
呆けるべき状況ではない。
想定外の要素が戦場に現れたのだと言うのであれば、一刻も早く次の指示を出さなくては。

「ルルーシュ様、今の内に」
「分かってる。陛下、マルディーニ卿、我々はこのまま後退します」
「あ、ああ。しかし大丈夫なのかい?」
「ジェレミアが必ず勝つと言ったのです。何故私がその言葉を疑いましょう?」
「分かったよ、ルルーシュ。我々は後退しよう」





前線は地獄と化していた。
平民もメイジも関係なく皆平等に、その土の刃の前に無慈悲に命を刈り取られていく。
悪鬼の如く数千の軍の前に立ち塞がったのはたった一人の男だった。
十数メイルの巨大なゴーレムに乗って黄金の大剣を携える一人の騎士の名は畏怖と共にこう呼ばれる。

帝国最強の騎士『剣聖』ビスマルク・ヴァルトシュタイン。

戦闘に長けたメイジといえば大抵が炎か風の系統を得意とするメイジの名が上がる。
だがビスマルクが得意とするのは土の系統だ。
個人の圧倒的な剣技、身体能力、大質量の土を操る魔法の応用性を利用して彼はゲルマニア最強のメイジを名乗り続けてきた。

「我が眼前に立つ者には容赦はしない。死を恐れる者は去れ!」

倒れるゴーレムの肩から飛び降り、金の剛剣エクスカリバーを片手で一閃する。
風を切り舞い上がった土煙ごと衝撃波が騎士達を蹂躙していく。
皆の目に走る怯え、されど先頭に立つ騎士達は誰も引こうとはしなかった。
身を震わせる恐怖を押し殺し、真っ向から相対してくる彼らをビスマルクは惜しいと思った。

「その勇気、見事!だが思いだけでは勝てぬ!」

エクスカリバーを逆手に持ち替え地面に突き立てる。
迸る黄金のオーラ、剣に纏わせていた力場が解放され土の中を衝撃波が走っていった。
表面の土砂ごと破壊の力が周囲を囲む騎士達に叩きつけられた。
辛うじて防御が間に合ったモニカ・クルシェフスキーは周囲の部隊の壊滅的な状況を見て顔を歪めた。
ビスマルクの強さは誰よりもよく知っている。
ノネットやドロテアと共にビスマルクの部下として帝国騎士団第一部隊に所属していたのだから。
誰にも勝てぬ究極の騎士、そして彼が携える大剣エクスカリバーは伝説の時代に生み出されたゲルマニア帝国における勝利の象徴。
誰もが知るお伽噺の、伝説の体現者。
たとえ大軍をもってしても勝てるかどうか。

「ヴァルトシュタイン卿!」
「モニカか」
「何故、何故あなたが我々に敵対するのですか!?あなたはシャルル陛下に仕える騎士のはず!にも拘らずそのシャルル陛下を弑逆した者に味方するとはどういう道理なのか!?」

ビスマルクは何も答えない。
表情一つ変えずに周囲に立つ騎士がモニカとその背後の部隊以外にない事を確認して彼女に正対した。
エクスカリバーが構えられる。
唱える魔法はただ一つ、シンプルにブレイドの魔法。
だがこの魔法は使い手の能力を大いに反映し、ビスマルクを帝国最強に押し上げた究極の呪文と化す。
エクスカリバーが金色のオーラで包み込まれる。
頭上に掲げられた剣から迸る魔力が天を貫く巨大な刃と化す。

「総員、全力で回避しろッ!!」

モニカの叫びと同時に光の束が振り下ろされた。
超巨大なブレイドの魔法が騎士達を飲み込んでいく。
フネや城塞すらも破壊する桁外れの攻撃に防御等紙の盾を構えるに等しい行為。
モニカとその部下達は一斉に飛び退り斬撃を回避する。
しかし巨大な光刃が地面を切り裂くその瞬間、それは刹那ピタリと停止し刃が返って横薙ぎに変化した。
モニカが目を見開く。

「オォオオオオオオッ!!」

ビスマルクが吠えた。
幾ら質量を持たぬブレイドの魔法とは言え、その体にかかる負担と反動は計り知れないはず。
それをただ振り下ろすだけでも十分化け物じみているのに、まさか軌道を変えるとは。

「モニカ様!!」
「お、お前達!?」

数名の騎士がモニカの盾となって庇う。
何重にも張り巡らせた魔法障壁が一枚一枚光の中に溶けていくように破られていった。
大勢の叫びが耳を劈き、瞼を焼く閃光と体を突き抜ける衝撃がモニカを宙に舞わせた。
何度も回転し地面にへと叩きつけられる、その寸前で。

「モニカ!」

一人の女性の声がモニカの背を押した。
ハッと我に返り地面にぶつかる瞬間受け身を取って再び臨戦態勢に戻る。

「ドロテア!」

エルンストの騎士団の率いてドロテア・エルンストが駆けつけてきた。
馬上から飛び降り、モニカの傍に立つ。

「まさかヴァルトシュタイン卿が参戦されるとは・・・」
「どうするの!?」
「どうもこうも、我らの勝利の為には倒さねばなるまい!」

ルルーシュが立てた作戦は一度は崩壊しかけてたものの、素早く部隊を再編成し態勢を整えビスマルクを避けて再度敵軍への攻撃を始めている。
故にこのビスマルク・ヴァルトシュタインをここで抑え切る事が勝利へ繋がるのだ。
ビスマルクがドロテアの存在を目に留め、向き直ったその時、ビスマルクは風を切る音を耳にした。
ハッと上空を見る。
高速で飛来する一発の砲弾。
再度ブレイドの一撃で着弾前に破壊する。
今まで感じた事が無い程の強力な爆発が身を包み衝撃に体が縛られる。
しばし動きが封じられた。
それを見て最精鋭の騎士達が一斉に動き始めた。





「ロイドさん、地上が!!」
「ビスマルク・ヴァルトシュタイン、まさか彼が出てくるとはねぇ」

ガニメデの上から地上の様子を見て、ロイドはそう呟いた。
たった一人の存在に地上の軍勢はあっという間に優勢を覆された。
何と言うか、ルルーシュという人は強力な個の戦力に苦戦するシチュエーションにつくづく縁があるなと思った。
ランスロットに乗ったスザクくんと言い、今回のヴァルトシュタイン卿と言い、戦術で持って彼の戦略が破られるのは強く印象に残っていた。
いや、違うか。
彼の戦略が滅多に破られないからこそ、同じ戦略で対抗されないからこそ戦術による突破のみが有効なのであって、その時の事が強く思い出されるだけなのかもしれない。
そんなどうでも良い事を考えながら、ロイドは腕を組みながら地上を眺めた。
既に上空の制空権はほぼこちらが掌握している。
ならばそろそろ司令部から、ロロ・ヴィ・ゲルマニアから新しい命令が届きそうなものだけれど・・・

「セシル様!ロロ様より『地上に向けてD弾を発射せよ』との命令が!」
「D弾、と言う事はヴァルトシュタイン卿へ!?」
「それじゃ、あれ使って一発いってみようかぁ」

皆がロイドとセシルを見た。
セシルが表情を引き締めて、声を上げる。

「試作可変弾薬反発衝撃砲V.A.R.I.S.、D弾を装填して発射用意!」
「はッ!」

船首に搭載された巨大な砲台が僅かに下方へと向けられる。

「電気熱加熱推進装置を一時停止、エナジーフィラーの電力を全て砲台に回します」
「D弾装填完了しました!」
「ヴァリス、撃て!」

ディテクトマジック弾、通称D弾は自らの推進力でさらに加速する。
そして弾頭に搭載された魔力感知機能を発揮しこの戦場で最も強い魔力を発する敵へと向かって進んでいった。
魔法の反応を感知すると敵味方関係なく追尾するこのD弾は、通常時にはヴァリスの様な強力な砲台で加速を与えて強引に敵のみに向かう様に軌道に修正を加えないといけないが、今回は相手がビスマルクである為照準正確に合わせなくても真っ直ぐ向かって行った。
だが、着弾する寸前でビスマルクがD弾を切り落とす。

「でも!」

D弾の内部に積まれた爆薬が一斉に爆破する。
その威力はたとえビスマルクと言えども完全に防ぎきる事は出来ないはず。
爆発の威力がビスマルクの動きをしばし止める。
それが好機となった。





ビスマルクは魔法の鎧を解除し、ぐらつく体勢を持ちなおした。
エクスカリバーを包む魔力も幾らか減衰していた。
こちらに殺到する人影を視界の隅に捉えるが、体は衝撃による一時的な麻痺から回復しない。
全身の力を振り絞り、感覚の薄れた腕を強引に振った。
左手のガントレットと右手に握ったエクスカリバーに衝撃が走る。
モニカとドロテアの近接攻撃を受け止め、即座に弾き返す。
こちらに息をつかせる間も与えないと言う事か。
ビスマルクは空を見上げた。
一匹のグリフォンと風竜が急降下で降って来る。
騎乗していた騎士達が飛び降りる。
地面の上を滑りながら加速を利用して二人はビスマルクに斬りかかった。
ジノの斧剣とノネットの剣が火花を上げてビスマルクのエクスカリバーに衝突した。
地面を蹴る様に前に進み二人の攻撃を跳ね返す。
飛び退った二人はモニカやドロテアと連携してビスマルクを囲む様に立った。
そしてその背後から紅蓮の熱線が飛んでくる。
エクスカリバーの一振りで拡散させ撥ね退けるが灼熱の風がビスマルクの肌を焼いた。
真っ直ぐに杖を向けるアーニャ・アールストレイムの姿が目に映る。

「ビスマルク・ヴァルトシュタイン!」

ドロテアが声を張る。

「騎士としてこの様な戦い方は恥じるべきかもしれない。だがここはあえてそうさせてもらおう!」

ドロテアの声を合図にノネット、モニカ、ジノ、アーニャが武装杖を構えた。

「我々全員で貴様を倒す!」






To be continued






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