帝国の兄弟 第14話



最精鋭の騎士五人がかりでの戦い。
一人一人ではビスマルクに劣るとは言え、それぞれが一部隊に匹敵するほどの戦力を持った騎士達である。
ビスマルクと言えども倒せるはず、誰もがそう思っていた。
だがその見通しは甘かった。
かつてのシャルル皇帝の時代、ビスマルク・ヴァルトシュタインは皇帝の手足となって戦い続けた。
時にはハルケギニア最強と謳われる烈風のカリンとも一戦交え引き分けると言う戦果を上げた。
皇帝の御代が波乱に満ちた時代にこそ彼は存分に能力を振るえたのだ。
近年の様に落ち着いた時代ではその能力は完全には発揮される機会等見当たらない。
故に誰もがビスマルクの真の姿を知らなかったのである。





ふらつく足でどうにかジノは踏ん張り立ち上がる。
顔を上げれば目の前でノネットが鮮血を散らして倒れ込む所が見えた。
だが一歩も動けない。
まるで足に根でも生えたかのように地面から持ち上げる事が出来なかった。
荒い息を吐き、口の中に溜まった血の塊を吐き捨てる。
ドロテア、モニカ、アーニャも既に倒れ伏し、残ったのは自分だけか。
彼女達も生きているのかどうかすら分からない。
だが生きていたとしても自分が負ければ彼女達の命も無いのだろう。

「くそッ!」

連結した斧剣を文字通り杖にしていなければ今にも倒れそうな自分と今なお強烈な迫力を持って眼前に立ちふさがるビスマルク。
不利有利のレベルで語れる話ではない
絶望が心を押し潰そうとしていた。

「残ったのは貴殿だけだ、ジノ・ヴァインべルグ」

金の大剣エクスカリバーを包むブレイドの勢いは初めて目にした時よりは弱まっていた。
だが少しでも掠れば一撃で命を刈り取られそうな程に残酷な光を放っていた。
ブレイドなどと言う単純な魔法、ただ魔力の刃を成すというだけの魔法なのに使い手次第でここまで恐ろしくなるとは。
まさに『剣聖』、剣術によって魔法を退ける騎士。
これが本当のビスマルク・ヴァルトシュタイン。
ジノは両手に持った斧剣の連結を解除し、双剣として持ち替える。
渾身の力を持って相対し、飛び出した。
一撃でも受ければノネットの二の舞である。
ビスマルクの斬撃をかわし一撃ニ撃と撃ちこんでいくが、硬質な金属音のみが跳ね返って来る。
放った風の槌も魔法を纏った拳をぶつけて相殺されると言う結果に終わった。

「なんだよそりゃ!!」

理不尽なまでの強さ、あるいは自分が弱いのか。
折れそうな心から目を逸らし、ただ前を見る。
風の魔法に乗って高速移動を繰り返す。
体は既にボロボロ。
前進が飛ぶ血が地面を、風を赤く染めていく。
杖を持つ手から力が抜けるが、ギュっと握り締め直して再びビスマルクに斧剣を撃ち付けた。
ハッと息を飲む。
まともにエクスカリバーに受け止められた。
速度で翻弄していたはずのビスマルクがこちらの攻撃の速度に対応してきた。
鋭い眼光の身が竦み、漂う殺気が肌を刺す。
不味い、ジノは咄嗟に回避の為の呪文を唱えようとして、そして刹那意識を飛ばした。

「ジノ!」

誰かの声を聞いて宙を舞う自分の体を自覚し、失いかけていた意識をどうにか繋ぎ止める。

「トリスタン!」

使い魔の名を呼び、地面との間に割り込んできたグリフォンに体を受け止めさせる。
ジノはビスマルクを見た。
上半身だけを起こしたアーニャの杖から迸る幾筋もの灼熱の熱線がビスマルクを襲っていた。
その全てがエクスカリバーの表面で弾かれていたが、ビスマルクの足が地面を削りながら徐々に後ろに下がっている。
これに全てをかける。
ジノは騎乗したグリフォンに地面を蹴らせ、身を躍らせた。
手の中でピキッと斧剣に罅が入る音がする。
関係ない、この一撃に命をかけるのに杖の無事など考えない。
アーニャの姿を見た瞬間に覚悟は決めた。
倒す。

「私の、俺の一撃で!」

力尽きたアーニャの魔法が途絶える。
ビスマルクとエクスカリバーの剣先がこちらを向いた。
ジノはグリフォンの背を蹴ってさらに加速する。
風が顔を叩いた。
大剣が振り下ろされる。
それを杖ごと左手で受け止めた。
瞬く間に斧剣が砕け、光を纏った刃が肩に食い込む。
皮膚を焼き筋肉を切り裂き、それでもジノは前へ進んだ。
痛みなど感じる時間もなく、右手の斧剣を渾身の力で突き出した。

「刺し違えてでも!」

肩の肉が削ぎ落ち鮮血が迸った。
ビスマルクの目に飛び散った血が僅かな可能性を呼び込んだ。

「左腕だけでもこの俺が貰い受ける!!」

ドロテアでさえも、モニカであっても、ノネットすらも傷を付ける事が出来なかったビスマルクの体に初めてジノが一撃を突き立てた。
肩に刃を食い込ませる。
ビスマルクの顔に浮かんだ苦痛を見て、ジノは笑った。
バキッと斧剣の刃が砕ける。
もう武器は残っていなかった。
いや、まだあった。
そのまま体ごとぶつかっていく。
ビスマルクの体が傾ぎ、すぐにジノの体が拳で弾かれた。
何度も地面を弾みそして横たわる。
もう指一本動かない。
深淵に呑まれていく意識の中でジノは薄目を開けてビスマルクを見た。

「強過ぎだろう・・・」

肩に刺さった刃を引き抜き、両手で剣を握る。
もうビスマルク以外の誰一人も立っていなかった。
皆大地に倒れ伏し命の終焉を待っている。
ビスマルクの隻眼がジノを見た。
ゆっくりと歩み寄って来る。
俺の役割はここで終わりか、ジノは満足げに笑った。
一矢報いた。
だから後は、

「ヴァルトシュタイン卿、そこまでにして頂こう」

ジノの前に誰かが立ち塞がった。
剣状の杖を抜き放たれ、それは陽光を浴びて煌々と輝いた。
彼が続ける。

「このジェレミア・ゴットバルト、貴殿との一騎打ちを所望する!」





ジェレミア・ゴットバルトは地に倒れた五人の騎士の姿に目頭を熱くした。
アッシュフォード騎士団を率いての負傷した騎士や兵士達の回収がようやく終り、駆け付けて来た時にはジノがビスマルクに奇跡的な手傷を負わせていた。
見ればもはやビスマルクに余力は残されていなかった。
今なお圧倒的な闘志を感じるものの、エクスカリバーを覆うブレイドの魔法も弱まり始めていた。
これが五人の騎士が戦った結果だ。
消耗し、傷つき、ようやく勝機が見いだせる所まで辿りついた。

「生きているか」
「なんとか・・・」

ジノからの返答に安堵する。
そしてビスマルクを見据えて己の杖、宝剣バルムンクを構えた。
エクスカリバーには劣るとは言え、同じく伝説の時代を生き抜いた至高の宝物の一つ。
これがビスマルクと同様にジェレミアの魔法力を底上げしてくれる。

「じゃ、後はお願いします」

ジノはそれを最後に気を失った。
ジェレミアは深く頷く。

「託された!」

五人の騎士の積み重ねた戦いを今ジェレミアが引き継いだ。
誰もが命をかけて戦いようやく掴み取った奇跡の種を、可能性を手に勝利という結果を積み上げる。

「お久しぶりですな、ヴァルトシュタイン卿」
「・・・・・・」
「何故あなたがここにいるのかは分かりませんが、我が君の勝利の為に、そして他ならぬあなたと戦った誇り高き騎士達の為にあなたには退場して頂く!」

言葉と共にジェレミアの杖から炎が巻き起こる。
それに呼応してビスマルクも両手で大剣を握り斜めに構えた。
空気が一気に張りつめていく。
最初に動いたのはやはりと言うべきか、ジェレミアであった。
二発のフレイム・ボールを連射する。
ビスマルクは大剣を地面に突き立てると大きく地面を抉った。
飛び散った土の塊が即座に槍に錬成され、フレイム・ボールに爆破される。
その炎を掻い潜ってビスマルクがジェレミアに肉薄する。
大剣に纏わりつくブレイドの魔法、空気を唸らせ振り抜かれた剣が地面に亀裂を走らせた。

「流石はナイトオブワン!衰えてなお最強の名に恥じぬ戦いぶり、だが!」

強烈な一撃をかわして、ジェレミアはビスマルクの足元の地面を爆破性のニトロ化合物へと錬金した。
そしてそこに圧縮した炎の塊を撃ち込む。
巨大な火柱が上がった。

「・・・どうだ?」

だが、突如背後に生じた気配にジェレミアは横へ跳び退った。
地面に突き刺さる大剣。

「何時の間に!・・・いや、人形か!」

ジェレミアの炎が土の人形を焼き払う。
それと同時に黒煙の向こうからビスマルクが姿を現した。
騎士服を焦がしてはいるがそれだけで、火傷の痕一つないとはとんだ化け物だ。
あれほどの爆発の中で一体どうやったらそれが可能なのか。
ビスマルクが再び剣を構えた。
全身から途方もない圧迫感を吹き上げて、弱まっていたはずのブレイドの光が再び強まっていく。
通常の魔法ではこの男は倒せない。
そう感じたジェレミアは己の杖にもブレイドをかけ、構えた。
ビスマルクの表情に僅かな変化が生じた。
ビスマルクを最強たらしめているのが彼の剣技だ。
通常メイジは近接戦闘を好まない。
だがビスマルクは純粋に剣技に磨きをかけ、そこに魔法を組み合わせた稀有な戦い方をするメイジだった。
彼はその技を持って幾多もの戦場で名立たるメイジ達を討ち取っていった。
ゲルマニアの騎士達にもビスマルクとまともに近接戦で戦おうとする者はほとんどいない。
そして今、ジェレミアはあえてビスマルクの土俵で戦おうとしていた。

「正気なのか・・・」

離れた場所で回収した騎士達に手当てを施していたヴィレッタが呟く。
同様にキューエルも目を見張りながら言う。

「無謀だ。あいつ死ぬ気なのかよ」

でも、と。
もしかしたらという希望を彼等は心の底で感じていた。
自分達のリーダーなら、あのジェレミア・ゴットバルトなら。
ジェレミアの杖に何度も硬化の魔法がかけられる。
敵の剣に恐怖して躊躇えば杖ごと両断されかねない。
恐れず懐に飛び込む、その勢いが必要だった。

「いざ、参る!」

ジェレミアが走った。
ビスマルクも距離を詰める。

「はぁああああッ!!」

両者の間が零になり、ブレイド同士が衝突した。
力の余波が衝撃波となり二人の周囲を薙ぎ払う。

「オォオオオオオッ!!」

ビスマルクの大剣が紅蓮の炎刃を押し返し、火花が散った。
ジェレミアは全身の力を振り絞り地面から体ごと押し返した。
手が痺れる。
全身の筋肉が張り裂けそうな負荷。
長くは持たない。
魔力の激流の呑まれそうな感覚が身を包む。
ビスマルクの全盛期はとうに過ぎているはず、対してジェレミアの全盛期は今だ。
老いてなお、自分を超える力を持って立ち塞がるビスマルクにジェレミアは素直に尊敬の念を覚えた。

「ヴァルトシュタイン卿、あなたは何故戦う!?シャルル皇帝に仕えた騎士が何故簒奪者の味方をするのだ!?」
「貴様には関係の無い事だ!」
「私が戦うのは理由はただ一つ!私の勝利を信じて待つ者達の為に!卿にそれが無いのであればッ!」

ビスマルクは自身の剣が押し返される感触に目を見開いた。

「何ッ!?」
「信念無き騎士に負けるわけにはいかない!!」

ジェレミアの杖が炎を巻き上げた。
流星のように尾を引いて、噴き出した炎が大剣を押す力となる。
魔力が高まりがビスマルクの体を圧迫した。

「あなたは我々の憧れだった。誰もがあなたの様な騎士になりたいと願い、私もあなたの強さを目指して来た!だがそれも今日までだ!」
「くッ!!」

ビスマルクは徐々に堪え切れず後退し始めた体を押し留め、必死で体勢を立て直そうとする。
だが何かが何かが自分の体を縛り付ける。
疲労と魔力の消耗、それが己の体を縛る鎖となって地面へと引き寄せる。
ジェレミアの力は更に増した。

「ヴァルトシュタイン卿、あなたには借りがある。情もある。引け目もある。しかしこの場は・・・忠義が勝る!!」
「何ッ!?」

ジェレミアが動く。
ついにブレイドの拮抗が終わった。
エクスカリバーを包んでいた魔力の光が灼熱の炎に焼かれて消える。
それと同時にビスマルクの体が後方へと弾き飛ばされた。

「受けよ!忠義の嵐!!」

ジェレミアの杖から十二の火球が放たれた。
それらは弧を描き倒れたビスマルクへと飛んでいく。
炎が眼前に迫る。
ビスマルクは剣を盾に体を守った。
爆発が彼を包む。
黒煙が周囲を包み込み、炎が地面を焦がした。
やがて煙が消え去ると、騎士装束を焼いたビスマルクが地面の上に膝をついていた。
ジェレミアが最後の一撃の為に飛び込む。

「そしてこれが!」

ビスマルクの目が信じられないとでも言う様に大きく見開かれた。
バルムンクの剣先が煌めく。

「託された希望の一撃だッ!」

ビスマルクの体に剣が付き立てられる。
纏わせていた炎は消え、それでもビスマルクから最後の力を奪い取る。
不意にビスマルクが口元が動く。

「・・・・・・」

聞き取れぬ何かを呟くのが分かった。
ジェレミアはそれを見て大きく息を吐いた。
やはりこの騎士は自分達が憧れた通りの騎士だった。
きっと大切な何かの為に死力を尽くして戦ったのだろう。

「勝った、のか・・・?」

キューエルが信じられないと唇を震わせる。
帝国最強の騎士が今倒れている。
それを目にした者達が一斉に歓声を上げた。

「誰でも良い!誰かヴァルトシュタイン卿に治療を!」

ジェレミアが言うと、恐る恐るアッシュフォードの水メイジ部隊がヴァルトシュタイン卿の傍に駆け寄っていった。
火傷や打ち身、何箇所も骨折しているなどと酷い怪我であるが、辛うじてまだ息があった。
急ぎ水の秘薬を用いた治療が始まる。
ジェレミアも力尽きてその場に座り込んだ。
他の騎士達の治療も始まった。
わき腹が痛む。
腕にも力が入らなかった。
手から零れたバルムンクが主に勝利を告げるように魔力の残滓を放って輝いた。
充実感に身を震わせる。
今この瞬間だけは己の主に捧げる勝利ではなく、ジェレミア自身の勝利だった。





ジェレミアの勝利は即座にルルーシュの元へと届けられた。
そして続くクルシェフスキーの騎士団によるカラレス将軍捕縛の知らせ。
残存兵力の掃討と一部の貴族達の降伏勧告受け入れをもってルルーシュはオデュッセウス皇帝に勝利を宣言した。
ゲルマニア内乱の最初にして最大の戦いがついに終結したのであった。
この勝利によってオデュッセウス皇帝の優位は決定的なものになる。
後は北部の軍を確実に進め、ヴィンドボナを取り戻しアルブレヒト三世を討ち取ればこの内乱は終わる。
そのはずだった。
翌日、ルルーシュ達の元へ一つの知らせが舞い込んでくるまでは。
伝令から知らされたのは衝撃的な事実であった。

『国境からトリステイン軍がゲルマニアへと侵攻を開始した』

もはやこの内乱がゲルマニア一国の問題ではなくなった瞬間であった。
 






To be continued






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