帝国の兄弟 第16話


話が違う。
トリステインの貴族、アプソンは押し寄せて来る軍勢を見てそう思った。
アルブレヒトは相手は所詮戦いによって疲弊した兵士だけだと言っていたのに、どこが疲弊しているのだ。
飛んでくる銃弾と爆薬の波はメイジの戦列でさえも容易く削り取っていく。
所詮平民の武器だとそう思っていた武器、それはゲルマニアの科学力を持って強力に進化を遂げていた。
凶悪な威力の砲弾を吐き出すカノン砲、数は少なくとも魔法の有効射程圏外から狙い撃てるコイルガン、大きく湾曲した曲射弾道を描いて敵陣に突き刺さる迫撃砲。
それらは平民の兵士達の手で効率良くメイジを打ち倒すという最高の戦果を上げてトリステイン軍を駆逐していった。
そして誰かが声を上げる。
それを皮切りに戦場にその叫びは木霊していった。

オール・ハイル・ゲルマニア!!

オール・ハイル・オデュッセウス!!

皇族の権力は弱く、それぞれの貴族が利害で集まったゲルマニアと言う国家。
だがその根底に微かに存在していたナショナリズムを呼び起こし、一丸となって侵略者に向かっていく。
増幅された空気の振動はトリステイン兵や傭兵達を押し返す壁となる。
ゲルマニア兵を包む異様な迫力とオール・ハイル・ゲルマニアの大合唱に怯み、また一人、また一人とトリステイン兵が戦場を離脱していった。
当初トリステイン側が有利と思われていた戦い、蓋を開けてみれば随時ゲルマニアの圧倒的な優位で戦況は進んでいた。
メイジを圧倒する火力、空軍との連携、そして異様なまでの士気の高まり。
トリステイン軍の後方をついたツェルプストー騎士団の存在も忘れてはならないだろう。
迂闊に敵地の深くまで侵入し、駆逐されるだけの的となり果てたトリステイン軍は先端が開かれてから僅か二時間後にその数を半数以下に減らしていた。

「くそッ!成り上がり者共の分際で!!」

いつの間にか周りにいたメイジ達もどこかへ消えていた。
慌ててアプソンが敗走する部下達の後を追っていく。
こんなはずではなかった。
ゲルマニアの豊かな土地を手に入れ、小国に匹敵するほどの財力と権力を手に入れるはずだったのに。
一時は手にしかけた名誉も金も土地も、全てが彼の手から零れ落ちていく。

「おっと、見っとも無く逃げるんじゃないぞ。散々私達の国を荒らしておいて、何も無しだなんて、それはないだろう?」

アプソンの周囲に突風が吹きつけた。
人馬を塵の様に飛ばし、次いで飛んできた風の刃が兵士を切り裂いていく。
アプソンは背中に強烈な熱を感じた。
切られたのだと分かるまでに数秒、周囲の者は彼を助ける事無く、怪我を負ってもなお逃げようと必死になって手足を動かしていた。

「き、貴様ら私を助けんかッ!!」
「そいつは無理だな」

ザンッと地面の上にうつ伏せとなったアプソンの眼前に細長い杖が突き立てられる。
風が彼の頬に一筋の線を刻んだ。
背に足の裏が乗せられ、思いっきり地面に押し付けられる。
肋骨が軋み喉から空気が押し出された。

「で、あんたがアプソンで良いのかな?偉そうな格好しているしなぁ」

戦場にありながら軽快な声。
無造作に足で引っ繰り返され、アプソンの目の前に杖が突き付けられた。
金髪の若い男。
肩から流れる三つ編みが揺れている。
まだ動かし難い片腕を三角巾で吊り、頬や首筋などあちこちに傷の跡がまだ残っていた。
痛々しげな負傷した姿であったが、若さと言う特権で驚異的な回復力を見せこうして戦場に立っているのだ
その青年は不敵に笑みを浮かべた。

「よし、功績ゲット。これで今回の賭けには勝ったな!」

いつの間にか彼の周りに青年と同じマントを羽織った騎士達が集まっていた。
彼等が掲げる旗をアプソンはよく知っていた。
ゲルマニアの名門、ヴァインベルグ家。
その長男、ジノ・ヴァインベルグは辺りをきょろきょろ見渡しながら言う。

「お前達、こいつを捕縛して陛下に報告してくれ。俺は引き続き暴れて来るからさ」
「ジノ様、これ以上の戦闘は傷に障ります」
「大丈夫だって。もう治ってるんだから。お前ら心配性だな」

何しろ先の戦いでは良い所をあまり見せられなかった。
ビスマルクに手傷を負わせたのは自分なのに、最後はジェレミアが全部持って行ってしまった。
同様な鬱憤は他の四人の騎士達にも溜まっているのか、ドロテア、ノネット、モニカもジノ同様に暴れまわっている。
そしてアーニャも。 ジノの目は彼と同じように敵の首魁の一人を捕縛したアーニャの姿を捉えた。
年下の偉才、炎のトライアングルメイジ、アーニャ・アールストレイム。
少々無愛想な少女だが、その実力は折り紙つきだ。
彼女もまたアールストレイム家の騎士団を率いて戦場を駆け巡る騎士だった。

「き、貴様!この私を誰だと思っているんだ!侯爵だぞ!私に手を出せばトリステイン政府が黙って、」
「煩い」

アーニャの容赦無い拳がどこぞの侯爵とやらの腹に突き刺さり気絶させる。
生きたまま捕縛するのは手間がいる行為だった。
生死問わずに相手を無力化できるのであれば楽なのだが、あいにくジノやアーニャにはルルーシュから敵の貴族は生きたまま捕えよと命じられていた。
目的は身代金と損害賠償だ。
トリステイン政府はすでに彼等を見捨てている。
故に責任の追及は徹底的に彼等に行い、金を絞り取れるだけ絞り取ろうというわけだ。
『奴らの財産がそのままそっくりトリステイン政府に没収されるのもつまらないしな』とはルルーシュの言だ。
これらの資金は全てこの戦いで功績を上げた者の報奨金となる。
つまり、ジノ達は自分の小遣いを稼ぐつもりで暴れていた。

「はははは、ゲルマニアの騎士を舐めるなよ?」





トリステイン軍を破ったゲルマニア軍はツェルプストー騎士団に残党の排除を命じ、ヴィンドボナへ向けて再び進軍を開始した。
もう彼等を妨げるべく立ち塞がる敵はいない。
既に東部軍、北部軍がヴィンドボナを包囲していた。
南部の貴族達も半数は反逆者として討ち取られ、利用価値があると判断された者は降伏させられた。
ヴィンドボナは静まり返っていた。
ペンドラゴン皇宮でもアルブレヒトの簒奪に深く関わった者達を除いて皆逃げ出し、首府を包囲している軍に保護を求めた。
残った者達は皆逃げ出したとしても命がない事を知っていた。
だからこそ名誉ある戦死、あるいは温和なオデュッセウスに助命を直談判しようと考えていた。
そしてアルブレヒトの即位から約二週間後、ついにペンドラゴン皇宮にゲルマニア軍が押し寄せた。
まだ傷が癒えて間もないはずのビスマルクを先頭に突入したゲルマニア軍は残っていた貴族や傭兵達を無慈悲に滅ぼしていく。
宮殿に傷が入る事も厭わずに徹底的に全ての者がオデュッセウス皇帝の敵として排除された。
途中後宮の押し込められていたロイヤルガード、ビスマルクの部下達が解放され突入部隊に加わり制圧はさらに加速した。
既に与えるべき慈悲は尽きていた。
皇宮を制圧した彼等は残った最後の間へと足を踏み入れた。
皇宮最奥にある謁見の間。
アルブレヒトの待つその間へ、ビスマルクが入る。
アルブレヒトは玉座に座っていた。
その周囲には震える貴族達が立っている。
一人がビスマルクの足元に駆け寄った。

「お、お願いだ!私を助け、」

言葉が終わる前にビスマルクの剣が閃いた。
二つに切断された貴族の体が壁にぶつかり盛大に血の跡を残した。
覚えている。
あの男はニーナを捕えて自分にアルブレヒトに従う様に言った男だ。
怒りが心を軋ませる。
かつての主が座った玉座を、この美しい広間を汚す様な真似はしたくなかったがそれも忘れた。

「もう終わりだ、アルブレヒト」

数日前に見た顔、だが今のアルブレヒトは数日前よりも随分老けて見えた。
着ている物も汚れ、目もどんよりと澱んでいた。
これが反逆者の末路か。 シャルル皇帝を殺した相手を複雑な感情で見つめた。

「お前が俺を殺すのか・・・」
「そう出来るのであれば、私はお前を八つ裂きにしている。だがお前を裁くのは私ではない」
「では誰が?」
「オデュッセウス陛下ですよ、叔父上」

謁見の間に声が響き渡った。
扉の向こうから一人の少年が現れる。
ルルーシュ・ヴィ・ゲルマニア、アルブレヒトが最も警戒し、そしてその計画の全てを叩き潰した皇子。
その後ろから騎士達に守られたオデュッセウスが姿を現す。
ロロやジェレミアの姿もあった。

「ゲルマニア唯一皇帝、オデュッセウス陛下があなたを裁くのです」
「皇帝は俺だ!シャルル皇帝は私を後継者として指名したのだ!」
「そ、そうだ、その通りだ!」
「貴様らが反逆者なのだ!」

アルブレヒトの言葉を受けて貴族達が口々に騒ぎたてる。
その最後の足掻きに侮蔑の視線を送りながらルルーシュは指を鳴らした。
するとヴィレッタが一人の男を引き摺って広間に現れる。
その男はルルーシュの顔を見るや否やすぐに口を開いた。

「わ、私はアルブレヒト大公に命じられて、シャルル陛下の食事に遅効性の毒を入れていた・・・、断ると殺すと脅されていたんだ!そ、それとシャルル陛下はあの男に皇帝の座を渡すとは一言も言っていない!」

彼はシャルル皇帝の侍医だった。
ルルーシュが彼の身柄の捜索を依頼してグラストンナイツはその期待に応えて彼を見つけ、その身柄を送ってくれた。
彼はアルブレヒトが所有する屋敷に幽閉されていたという。
証拠を隠滅するのであれば口封じの為に殺せばよかった。
だがアルブレヒトは彼を生かしてしまった。
それが間違いであった。
非情な判断を即座に下せなかったアルブレヒトの甘さが命取りであった。

「貴様・・・ッ」
「もう終わりだよ、アルブレヒト。貴様が掲げた大義名分は打ち砕かれ、味方をする者はもういない」

アルブレヒトは今度こそ、力尽きた様子で玉座の上で項垂れた。
一人の貴族が大声で何かを喚き、オデュッセウスとルルーシュに杖を向けた、
次の瞬間、ロロのウィンド・カッターが彼の手を切断し、ジェレミアの炎が彼の体を包み込んだ。
他の杖を取り出した貴族達もビスマルクやカノンの手にかかって命を散らせる。
名誉とは程遠い死に方だった。

「貴様さえ殺しておけば俺の勝ちだったのだ、ルルーシュ・・・」
「違うな。間違っているぞ、アルブレヒト。私一人の力ではない。オデュッセウス兄上が皇帝として即位し、クロヴィス兄上がトリステイン政府と交渉し、ユーフェミアがビスマルクの養女を助け出し、ロロが私とアッシュフォードの連絡を繋いでくれた。お前が真に警戒すべきは私では無く私達だった」

彼らなくしてこの勝利はなかった。
誰もが皆大切な人達の為にできる事をやった結果がこれだ。
アルブレヒトはただ己の為に、己の欲望の為に事を為そうとした。
だから彼に協力した者は皆利己的にアルブレヒトの不利を悟ると彼から離れていった。

「さあ、終りにしましょう」

ルルーシュの言葉と共にオデュッセウスが前に出る。
杖をアルブレヒトに向け、小声で詠唱が行われる。
しっかりと相手を見据えてオデュッセウスのマジックアローが閃光を上げた。
アルブレヒトの胸元に突き刺さったそれは心臓を打ち抜きアルブレヒトの時を止めた。
ほんの一瞬の出来事、そしてゲルマニアを混乱に導いた内乱が今終結したのだ。

「終わった」

オデュッセウスが杖を降ろして呟いた。
それはあまりにも疲れた声であり、とてもこれから勝利者として名乗りを上げる者の声ではなかった。
ルルーシュは今はそっとしてあげようと思った。
忙しくなるのはこれからなのだから。






To be continued






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