帝国の兄弟 第7話


始まりは一通の手紙であった。

「あの父上が・・・」

密かに皇宮に潜入させているアッシュフォードの手の者からの連絡では、シャルル皇帝は近頃体調を崩す事が多くなってきたらしい。
ついに来るべき時が来た、そう思ってルルーシュは目を伏せた。
ルルーシュにとって父親というものはあまり良い印象を持っていない。
何せ前世が前世であっただけに、別人だと分かっていても同じ顔をしている為どうしても身構えてしまうのだ。
悪い人ではない事は分かっている。
領地に引き籠って滅多に皇宮に出てくる事の無いルルーシュ達にも気遣いを見せ、強引に表に立たせようとする事も無い。
かと言って弱者に用はないと見捨てる事も無く、アッシュフォードを通じて好きにさせてくれる。
無論、これはルルーシュ自身の優れた能力ゆえに認められている事だが、あの世界のシャルル・ジ・ブリタニアに比べれば格段に善良な人物だと言えよう。
皇帝としての能力、威厳を余す事無く兼ね備え、時には自ら戦場に立ち兵を鼓舞する壮烈な人物。
以前オデュッセウスが心から尊敬できる人物が父親である事を誇りに思うと言っていた。
そこに挟むべき言葉はない。
その通りなのだから。
だが今、自分はそんな人物を犠牲にして他の家族を守ろうとしている。
そしてもう一つ、皇宮からの連絡がルルーシュの元へと舞い込んできた。

「ルルーシュ様、このような要求に応える必要はございません!」
「だが父上の代理であるアルブレヒト大公の意向でもある。無碍にはできない」
「で、ですが、これはどう見ても罠でございますぞ!」
「その通りです。おそらくは我らハンザ同盟や親衛隊からルルーシュ様を切り離し亡き者にする為の措置」

ルーベンを始めとしてヴァインベルグ侯爵等のハンザ同盟の有力諸侯が口々にルルーシュに呼び掛ける。
ハンザ同盟の定期連絡会と称した会合ではあったが、実の所は徐々に宮廷で勢力を強めるアルブレヒトに対抗する為の話し合いを持つ場。
シャルル皇帝が病床に就き、その代行の地位に就いたアルブレヒト大公の権限は日増しに強まっている。
皇帝の弟、叔父と言う立場もありルルーシュ達では強く出られない事もあってその影響力の拡大は止める事は出来ない。
今や皇宮で幅を利かせているのはアルブレヒトと繋がりの深い南部派閥である。
彼等の様な保守的な貴族達は領内で改革を推し進めるルルーシュを目の敵にしている。

「ヴィンドボナ魔法学院への入学、受けなければハンザ同盟に何らかの制裁が下るのは間違いない」
「ですが皇族が魔法学院に通った前例などございませんぞ!」
「その通りです!体の良い人質ではありませんか!」
「近々他国の魔法学院との定期交流が予定されているらしい。トリステインやガリアの魔法学院には歴史と実績で劣るからせめて皇族を通わせて格を上げようと言う目論見だろう」
「ではルルーシュ様だけではなく・・・」
「ああ、ユフィにも同様の要請は行っているだろう。まあ東部がこの要求を飲むはずもないが」

とは言え、これが単なる口実に過ぎない事はこの場に居る誰もが理解している事だった。
アルブレヒト大公がルルーシュの身を脅かそうとしている事はもはや自明である。

「私はこれを受けるつもりでいる」
「なんですと!?」

ルーベンが真っ赤に顔を染めてパクパクと口を動かす。
一同の反応もそれと同様に、皆ルルーシュの顔を驚きの様子で見つめていた。

「ルルーシュ様」

アッシュフォード公爵の対面、ルルーシュのすぐ近くに座っているヴァインベルグ侯爵が口を開いた。

「殿下の事ですからおそらく何か考えあってのご決断でしょう。もはや反対は致しません。しかしながら護衛を付ける事をお許し下さい」
「護衛?魔法学院に騎士は出入り出来ないはずだが?」
「ジノをルルーシュ様と共に入学させます」
「ではアールストレイム家としてもアーニャをルルーシュ様の話し相手として入学させましょう」
「待て!それでは万が一の時に・・・」
「ルルーシュ様」

ルーベンが諦めた様に首を振った。

「当家からもミレイを出しましょう」
「お前達!?何を考えている!ミレイもジノも大切な跡取りだろう!アーニャだってそうだ!むざむざと危険にさらす必要はない!」

激して立ち上がったルルーシュは彼らの顔に視線を走らせていく。
だが誰もが真剣にルルーシュの視線を受け止めていた。
もはや意見を覆すつもりはないらしい。

「我ら北の命運は全てルルーシュ様と共に」





厳重に封が施され、万が一別の者の手に渡ったとしても読まれないように処置が施された手紙。
それに目を通したルルーシュはすぐに手紙の端に火を付けて跡かたも無く燃やし尽した。
ルルーシュは疲れた様子で椅子に座った。
窓から差し込む朝日が眩しい。

「俺はあなたを見殺しにして兄上達を守ろうとしている」

ぽつりと呟いた声は宙に溶けていった。
今ルルーシュが命を捨てる覚悟で動けば、父親の命を助ける事が出来るのかもしれない。
だが可能性は低い。
皇宮にルルーシュの味方は少ない。
ルルーシュの支持基盤はゲルマニア北部の貴族達だ。
北の未開の地を開拓して領地を広げた貴族達、あるいは新興の貴族達と言った伝統よりも進歩を選ぶ者達だ。
それと対極の存在である南部の諸侯が詰める皇宮で表立って動けるわけがない。
割って入ったとしても異分子として弾き飛ばされるだけだ。
明晰な頭脳は瞬時に結論を出してしまう。
無駄だと理解できてしまうが故に動けなくなる。
だから父親を見捨てる。
ルルーシュはしばらく窓の枠に肘をつき、真剣な表情で外の風景を眺めていた。
しかしすぐに机の上に一枚の便せんを広げるとブリタニア語で何やら書き綴り始める。
同時に今後想定される展開は数十パターン、可能性の高いものから対処法を準備すべく指示を記していく。
皇帝の急な容態の悪化にも関わらず自分達皇族には何も知らされないと言う異常性、おそらくオデュッセウスの元へも何も連絡はいってないだろう。
現在オデュッセウスとユーフェミアは自身の領地に戻っており、クロヴィスはガリアの文化を学びに留学している。
ただルルーシュだけがヴィンドボナの魔法学院に留まっていた。
ロロやジェレミア達から離れたルルーシュ、まさにルルーシュに敵意を持つ者が行動を起こす最高の状況が整いつつあった。
この状況で皇帝の身に何かあれば得をするのはただ一人。
引き金が引かれれば彼の人物は直ちに行動を開始するだろう。
ルルーシュは手紙を書き終えると窓を開き手を伸ばした。
羽音と共に腕に重みがかかる。
大柄の梟が翼をたたんでルルーシュの腕にとまっていた。
ルルーシュはその梟の足に折り畳んだ手紙を固定して放つ。
無論他の連絡経路も用いてジェレミア達に連絡を取るつもりだ。
北の空を目指して飛んでいく梟の姿を目で追う。
東から昇って来る太陽は空を真っ赤に染め上げていた。
それはまるで来るべき混乱の時を思わせるような血のように赤い朝焼けであった。
振り返り暖炉で燃える炎を見つめる。

「俺は皇帝にはなりませんよ、父上」





何かを選ぶと言う事は何かを捨てると言う事。
ルルーシュは一人でも多くの家族を助ける為に父親を見捨てる決断を下した。
ただ一人動ける立場にありながら動かなかったのだ。
この結果が意味を持つのはこれから約一月後の事となる。






To be continued






>>Back  >>Next  >>Back to Index
inserted by FC2 system