帝国の兄弟 第9話


ロロとジェレミアが親衛隊を率いてルルーシュと合流した時には、ルルーシュ達は酷く疲れ果てていた。
目の下に色濃く隈が現れ、顔色も赤みが薄くただ双眸だけが強い意志の光を湛えていた。
無理もない。
ヴィンドボナは南寄りの都市であり、ゲルマニア帝国は広い。
安全域へ逃れようと思うのであれば馬を一日走らせただけでは辿りつかないのだ。
おまけに追手は風竜を始めとする航空戦力を惜しげもなく用いて来る。
ルルーシュたった一人を拘束する為にそれほどの戦力を注ぎ込んでくるのだから、アルブレヒトのルルーシュに対する警戒心がどれほどであるか分かるというものだ。
約二日間迂回しながら人気のない道を選んで馬を換えながらルルーシュ達はどうにか合流地点に辿り付いた。

「兄さん!」
「ルルーシュ様!」

馬の背からどうにか下りて、ふらりと足を縺れさせた所でルルーシュはジノに支えられ、どうにか立つ。
この世界でも自分の体力の無さが嫌になるルルーシュであるが、こればかりは鍛錬とは無縁だった自身の責任だろう。
駆け寄って来るロロとジェレミアの姿、そしてその背後の自分の親衛隊の面々を見ながらルルーシュは次の取るべき行動を決定した。

「ジノ、アーニャ、お前達はまだ動けそうか?」
「ええ、勿論ですよ、殿下」
「大丈夫」

自分とは違って体力に余裕を見せる二人にルルーシュはフッと口元に笑みを刻む。
勿論二人とも露わにはしていないが決して疲れがないわけではない。
だが彼らの胸にはこの一人の貴族としてこの事態に立ち向かう決意が確かにあったのだ。
ジノから一歩離れて自分自身の足で体を支え、ルルーシュは二人に命を下した。

「では二人に命じる。ジノはミレイをアッシュフォード領まで送り届けろ。そしてアーニャは、」

一旦言葉を切り、ルルーシュは一通の手紙をアーニャに差し出した。

「ユフィにこの手紙を届けてくれ。護衛も付ける。ヴィレッタ!」
「はッ!」

親衛隊の中から一人、褐色の肌をした水色の髪の女性が前に出る。

「親衛隊の中から数名連れてアーニャと共にユフィの元へ向かえ」
「Yes, your highness!」

ヴィレッタの合図で彼女の部下が数名進み出て、アーニャを飛竜に乗せて飛び立っていく。
残った親衛隊の内、馬に乗った者達はジノと共にアッシュフォード領へと駆け出して行った。

「それではルルーシュ様、また後日戦場にて会いしましょう!」
「ああ」

ジノの父親ヴァインベルグ侯爵はアッシュフォード公爵家と同様に北部の貴族連合の取りまとめ役だ。
今頃は予てからの打ち合わせ通りに兵を集め動き出しているだろう。
自分の身を危険に曝す事で相手の動きをある程度コントロールする、ルルーシュの打った第一手はほぼ完璧な形で成功したと言えよう。
ルルーシュを追う為に広域に多くの兵を派遣している為、アルブレヒトもすぐには北部へ大軍を送る事は出来ない。
それならば次に打つ手は、

「第一条件はクリアされた。作戦を第二段階に移行する。ジェレミア、残った者を率いてオデュッセウス兄上の元へと向かってくれ。残りの者は私と共にアリエスへと向かう!」
『Yes, your highness!』





オデュッセウスが統治する領地はルルーシュの領地の南西にあった。
トリステインとの国境も近く、皇族の直轄領と言う事もありこの地には常備軍が置かれている。
腕の良いメイジ達が集められた騎士団と銃や火砲で武装したゲルマニアの屈強な兵士達。
だが今、それらの兵士達の一部がオデュッセウスに反旗を翻してきたのである。
彼等も既にアルブレヒトの暗躍を受け次期皇帝の最有力候補を捕えに来たのだ。
その時オデュッセウスは街の寺院にいた。
突然の奇襲に護衛の騎士達が次々に討ち取られていく。
怯え逃げ惑う聖職者達を乱暴に押しのけて聖堂の中をゲルマニアの騎士団が杖を構えて前に進む。

「殿下に向かって杖を向けるとは無礼であろう!」

オデュッセウスを守る様に側近であるカノン・マルディーニが前に立つ。
だが騎士団の先頭に立つ男はカノンの振る舞いを笑ってその顔に嘲りを浮かべた。

「無礼はどちらか。病床のシャルル皇帝陛下の元へ馳せ参じないばかりか、新たに皇帝になられたアルブレヒト三世陛下に対し反旗を翻した反逆者め」
「なッ!?」
「父上が・・・亡くなられた?」

オデュッセウスが、カノンが驚愕に目を見開く。
一月前までは病の影すらも見せなかった皇帝が、よりによって病死したのだ。
それもオデュッセウスの元に欠片も連絡はこなかった。
しまったとカノンは唇を噛んだ。
政治に疎いオデュッセウスを支えるのは自分の役目であったはずだ。
ヴィンドボナに潜ませていた者達からは一切そのような連絡はなかった。
これ既にアルブレヒトに取り込まれたか悉くが始末されたと考えた方が良いのだろう。
カノンは自分達がまんまと嵌められた事に気がついた。
情報の管理を怠ったカノンの過失だった。

「大人しく杖を捨てろ。こちらも命までは取ろうとは思っていない。オデュッセウス殿下、分かって頂けますか?」
「・・・私をまだ殿下と呼んでくれるのであれば、私以外の者の身の安全を保障してくれるのだね?」
「殿下!」
「ええ、保障致します」

オデュッセウスの身柄さえ確保すればルルーシュの行動を抑えることができ、身内を殺したという汚名を被る事も無くアルブレヒトにとっても悪い話ではない。
無駄に抵抗される事も無く役目を果たせると騎士団に安堵が広がった。
だが次の瞬間、聖堂の外で大きな爆音が響き渡った。
窓の外で巨大な火柱が上がる。
真っ赤に照らされたガラスが熱波によって割れ、小さなボールの様な物が聖堂の中に飛び込んでくる。
それはパリンッと言う音の後に罅が入り、強烈な光を零し始める。
呆気にとられていた騎士団を尻目に、カノンはハッと顔色を変えてオデュッセウスを床に引き倒した。

「殿下、目を押さえて下さい!」

言葉と同時にボールが割れて光の洪水が聖堂内に溢れかえった。

「な、何だこれはぁあ!?」

悲鳴のような叫び声、そしてその中に突如本物の悲鳴が混ざる。
空気が弾け飛ぶような熱と衝撃、それらを床に伏せる事でどうにかやり過ごし、カノンは顔を上げた。
目がまだチカチカとして上手く見えない。
だが鼻を突く強烈な異臭によりおおよその惨劇は理解できた。
自分達に杖を向けていた騎士団員は皆炎にまかれて黒く焦げている。
彼等に抵抗する間を与えずに、一瞬にして焼けるほどのメイジなどカノンは一人しか知らなかった。
焼けた死体の傍に立つ人物に声をかける。

「ジェレミア卿!」
「マルディーニ卿、オデュッセウス殿下は御無事か?」
「あ、ああ、私は大丈夫だよ、ジェレミア卿。卿が来たという事はルルーシュが派遣してくれたのかな?」
「その通りでございます。オデュッセウス殿下、我が君のご命令により殿下をアリエスの離宮へとお連れ致します。外には我々の精鋭が展開しておりますが敵に周囲を囲まれつつあります。どうかお早い脱出を」

ジェレミアは一礼すると足早に聖堂の外へと出ていく。
さらなる状況の悪化を感じ取って、カノンは素早く動き始めた。

「殿下、すぐにここを出ましょう。ここから東に向かえばアッシュフォードの領地です。ルルーシュ殿下ならばアッシュフォード領との境界辺りに軍を展開なさって下さる筈です。そこまで行けば!」
「ああ、分かった。君の言う通りにしよう」

聖堂の外は戦場であった。
あちらこちらから黒煙が上がり敵が押し寄せてくる。
ジェレミアの怒涛のような炎の嵐に百を超える兵士達が足止めされてはいるが、あちらこちらから銃声が響き渡りメイジの怒声や悲鳴が上がる。

「オデュッセウス殿下、マルディーニ卿、お乗り下さい!」

ジェレミアの部下の一人が風竜の背に跨って叫んでいる。
カノンはオデュッセウスの体を守りながら、側近達と共に駆けだしていく。
一人が流れてきたウィンド・カッターで体を裂かれ倒れる。
足を止めかけたオデュッセウスを強引に引っ張りカノンは飛竜の上に彼を押し上げた。
続いて自分も乗る。
三人を乗せた風竜が大きくはばたき宙へと舞い上がっていった。
残りの側近達も負傷者を引き上げすぐに飛竜の背に上げられ飛び出していく。
残ったジェレミアはそれを目にすると、指笛で鋭い音を吹き鳴らした。
上空高くから舞い降りてくる赤銅色の火竜。
大きな翼が巻き起こした衝撃波が地面を抉り、押し寄せる敵を打ちすえる。
ジェレミアは低く滑空してくる己の火竜の背に飛び乗ると、その火竜の背に括りつけておいた火の秘薬を下方へと放り投げた。
それを追うように放たれるブレイズ・ボール。
地上で上がった炎の華には目もくれず、ジェレミアはルルーシュから任された任務を果たして、先行する部下達の後を追いながら帰還していった。






To be continued






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